会話のタネ!雑学トリビア

裏モノJAPAN監修・会話のネタに雑学や豆知識や無駄な知識を集めました

幕の内工場の過酷な労働現場

もう工場はムリと心底思ったくせに、いざ他の職場を思い描くと暗たんたる気分になった。和気あいあいとした会社なんてウンザリだ。次に勤務したのは、肉をパッケージする工場だった。凍った豚の肉塊を台車に載せ、そいつを切る係の元へ運ぶ。それがオレの担当だ。肉を載せて運ぶ。載せて運ぶ。これまた単純きわまりない。
 肉塊の大きさは直径50〜70センチで、重さは50キロ。専用の軍手を使って台車に積み、通路を100メートルほど進む、ただこれだけの作業が危険でならなかった。通路が細いので、台車がすれ違うたびに肉がすべって足下に落っこちるのだ。肉塊を足指に落とされたときのうめき声があちこちで頻発し、また、通路脇の作業台で働くパートさんにぶつかり、鋭利な肉でザックリ傷を負わせる者がいたり。肉の上に人間の真っ赤な血が飛び散ったシーンは、まるでホラー映画のようだった。3カ月でオレが逃げ出したのは、凍った肉塊を落とされ、右脚を骨折したせいだ。
 工場作業にはロクなものがないのだろうか。もういっそのこと対人恐怖症を治した方がいいんじゃないか。と考えておきながら、やはり前向きに生きる勇気は起きず、また折り込みチラシで職を探してしまった。
〝お弁当工場〞 
 幕の内弁当を製造している工場だ。ここを選んだのは、担当者が電話で「ラインの持ち場が日によって変わる」と教えてくれたからだ。これは大きい。毎日毎日、同じ作業だと精神も滅入ってくるが、日々新たな持ち場なら飽きるなんてこともないはずだ。
 さすが幕の内、工場は広かった。3階建てのうち2階までが製造ラインで、3階部分は食堂、仮眠室、喫煙ルームと非常にしっかりしている。現場は、弁当の容器に米をよそうライン、漬物ライン、鮭ラインなどなど、幕の内弁当の具材一品目ずつに分かれている。今日は漬け物、明日は米。これなら退屈しないぞ!
 初日、オレは卵焼きラインに入った。持ち場は5人だ。ベルトコンベアのスイッチが入り、弁当箱が流れてくる。所定のスペースに卵焼きを入れて、また卵焼きを入れて、入れて、入れて、入れて…。あの憎きグリーンピースに較べてラインのスピードが遅いので、変な酔い方はしない。しかし、変じゃない、真っ当な吐き気が襲ってきた。何だ、この匂い?
 玉子の匂いじゃない。あっちこっちの食い物の酸味や生臭さ、油やフルーツなどの匂いが一緒くたになった、なんともいえない不快臭だ。
「ウエーっ!」
 隣のラインで一人うずくまって吐きだした。おいおい、やめてくれよ、こんなとこで。続けて玉子のラインでも、もらいゲロが発生した。君たち、食品工場だってわかってんのか。床に向かって吐いた2人を、周りは完全無視している。作業を止めると他に迷惑がかかるからだ。しょうがなく吐いた当人が雑巾で後始末し、ファブリーズをシュッとかけて何事もなかったように作業に戻っていく。うっ、ちょっとオレも吐きそうなんだけど。ゲロ騒動は毎日のように起きた。臨時で雇われた派遣の子がマイってしまうのだ。
 弁当が作られてる周りでゲーゲーやってるなんて、幕の内を食べてる人は知らないんだろな。オレは今もこの幕の内工場で働いている。ラインが変わって飽きないから? まさか。玉子が鮭や米になったところで、周囲の匂いがわずかに変化するだけだ。