今回は中野区の住宅街にひっそりと佇む「猫だらけのラーメン屋」として噂の店を訪れることにしました。今でこそ猫カフェだのアクアカフェだの言って癒しの場としてペットを扱う店はいくつか存在していますが、その元祖と言っても良いのかもしれません。さらに中野区と言えば都内屈指のラーメン激戦区でもあり、その中野で長年ラーメン屋を営んでいるというのだから閑古鳥でもないのでしょう。
しかも営業時間が夜8時から朝4時というから只事じゃありません。他のラーメン店が激戦を繰り広げ終わった頃にようやく開店するという、争いごとを好まない温厚な主人が営んでいるに違いありません。
平日の夜9時、早速某JR駅から店に徒歩で向かうと駅からやや離れた住宅街の大通り沿いの暗闇にポツンと一軒、灯りが点いているのが確認できました。相当な年季の入った一軒家で、磨りガラス越しに中を覗くと薄暗く、なぜかロウソクのような炎がゆらゆらと揺れているようにも見えます。電力不足が叫ばれる昨今、節電対策に余念がないなと感心しながらドアを開けると、いきなり右手に大きな仏壇が供えられておりその前にロウソクが一本メラメラと燃えているのがわかりました。後方にはダンボールがあり、中に黒い猫が一匹横たわっています。足元には銀の皿があり、猫の餌らしきものが散乱していました。店内はテーブルが2つで座席は6つ。先客が一人、ラーメンを食べ終わって爪楊枝をくわえているところでした。奥からゆらりゆらりと店主であろう80過ぎの婆が「いらっしゃい」と腰を90度曲げて現れると婆の後ろからも猫がさらに2匹お供していました。2匹は人間に慣れているのか、こちらを気にすることなく足元の餌の匂いを
クンクンと嗅いでいます。
とにかく店内はラジカセ、トイレットペーパー、リモコン、猫の缶詰、新聞のチラシなどが異常なまでに散らかり放題で、埃を被った2台のストーブもテーブルの前に置きっぱなしになっています。薄っすらと動物独特の生臭さも充満しており、気分が滅入りながらもとりあえず一番手前の席に着席し、メニューにあった醤油ラーメンと肉野菜炒めを注文。改めて見渡すと店内の隅々に無数のダンボールが備えられていることに気づきました。そっと中を覗くと暗闇から猫の細い目が2つ黄色く光っており思わず「ひぃぃ」という声を上げて二、三歩うしろに下がってしまいました。
数えただけでも既に4匹の猫がおり、その内2匹は店の中を徘徊し、時には椅子に飛び乗ったり餌を掻き回したりと元気一杯です。そうこうしている内に婆が奥からラーメンと肉野菜炒めをゆらりゆらりと運んできました。足元には猫の餌、隣のテーブルには猫の缶詰、目の前には仏壇、テーブルには自分の夜飯、これが同じアングルに入ってくるのだから食欲が沸かないこと山の如しです。この状況を前にすれば、彦摩呂をもってしてもフォローしきれないに違いありません。
そもそも婆はちゃんと手を洗ってるのかすら疑問ですが、しょうがないから一口ずつ食べてみると味はそれほど悪くなく、むしろ期待したハードルがあまりにも低かったせいか美味いとすら感じました。なので調子に乗って「チャーハンも頼めますか」と婆に注文すると「キャベツや焼豚を切らなきゃいけないから時間かかるんよ〜」と手を合わされて何故かやんわり断られてしまいました。訊けば猫は6匹ほど飼っているらしく「2階で寝ているのもいるし、散歩に出てるのもいる」とのことで婆本人もよく把握してない様子。近所の公園から野良猫を拾ってくる内にここまで増えたとのことらしいです。
チャーハンはやんわり断られましたが、ラーメンと肉野菜炒めを食べている間も婆は猫の餌の補充に余念はありませんでしたので、よほどの猫好きには間違いありません。会計をして仏壇に手を合わせ、猫の匂いが充満する店をあとにして、お口直しに野方ホープへと急ぎました。