会話のタネ!雑学トリビア

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大阪の西成一泊無銭旅行

今回の一泊無銭旅行は大阪の西成でおこないたいと思う。そう、言わずと知れたあの日本一のドヤ街である。治外法権じみたあの町なら、濃厚な人々との交流も期待できるし、炊き出しなんかもしょちゅうあるので、食いっぱぐれる心配もない。何より、あそこには何が起きるか予測のつかないスリルがある。
「君はやさしそうやし、俺と気が合う思うねん」
昼1時。西成の中心地ともいえる三角公園周辺に向かった。路上で泥酔しているオヤジたち、道端で公然と繰り広げられる丁半バクチ。そこから道を1本へだてたところでは、額にマンコマークを書いた男が裏DVDを売っている。ずいぶんなカオスっぷりだ。思わずニヤニヤしていると、ふいに後ろから声がかかった。
「ちょっとニイチャン、見てみ。誰も拾わへん。ククク」
酒の自販機のたもとで、ワンカップを持った男がしなだれかかっている。なに言ってんのこの人。「どうしたんですか」「ほら見てみ。アレ」
ワンカップ男の指さす先には、路上にぽつんと置かれたご飯のふりかけがあった。
「俺がわざとそこに置いてんけど、誰も拾わへんねん。旨いのになぁ。アホやで」
なんてしょうもない遊びだ。ふりかけが拾われないって、そんなに面白いことなのか?こんな男にかかわるのはゴメンだ。とっとと退散しよう。「じゃ、失礼します」
「あ、ちょ、ちょい待って。一緒に話しようや。何か飲むけ? 酒でもおごらしてや」
最後の台詞に、不覚にも足を止めてしまった。あんたが奢ってくれんのかい。ワンカップ男がポケットからジャラジャラと小銭を出した。ひぃふぅみぃ…全部合わせても300円程度しかない。「え、もうこんだけかいな」
彼はしょげた顔で呟いている。なんだかおごってもらうのが悪い気がしてきた。というか、300円じゃムリだし。「ええのええの。君はやさしそうやし、俺と気が合う思うねん。だからおごらして」「いいんですか本当に」
「そのかわりもう友だちやで。仲ようしてくれなあかんで。ほなよろしく〜」
酒臭い息がふうっと顔に吹きかかった。妙なやつに好かれちまったもんだ。男は木村と名乗った。小汚いジャージに白髪の目立つ頭のせいで、年齢は40オーバーとにらんでいたが、まだ35才だという。靴がセメントで汚れまくってるあたり、日雇い労働者なのかもしれない。奢ってくれたのは自販機のワンカップ1本だった。互いにぐいっと飲み干したところで、木村さんがささやくように言う。
「場所かえて飲み直そ」「あ、はい」
ん。さっき有り金を使い果たしてなかったっけ?千鳥足の木村さんにつれてこられたのは、また別の自販機スペースだ。奥の方で50がらみのオッサンが数人、静かに立ち飲みをしていて、どこかどんよりとした空気が漂っている。木村さんがそのひとりに声をか
けた。「こんにちは、テルさん。じつは俺も友だちも金がないんです。チューハイ2人分の金、くれませんかね」「またか。ホンマしょうもないやっちゃ」
チッと舌打ちをして、テルさんと呼ばれたオッチャンが木村さんに金を渡した。いつもこうやってせびられてるらしい。木村さん、ホンマしょうもないやっちゃ。そこに突然、テルさんの仲間が怒声をあげた。
「おい、おまえ! なにテルさんにたかってんねんコラ」
肩をいからせながら詰め寄る男。しかし木村さんは平然と答える。
「なんやねん、おっさん。キショイからあっち行けや」
「なんやてコラ」激高した男が木村さんを殴り倒し、その勢いのまま、今度は俺の方へ近づいてきた。なになに?
「おまえ、コイツの連れか。一緒に殴ったろか」
よくあることなのか、テルさん含め数人はこちらに見向きもせず、静かに酒を飲んでいる。「おい、返事せえや。おまえ、コイツの仲間なんかい」
「いえ、知らない人です。俺は関係ありません」
ちょっと薄情な気もするけど、この場合はこう言うより他ない。俺は逃げるようにその場を離れた。近くの空き地に腰を下ろしていると、一人の男がひょこひょことこちらへやってきた。「ここにおったんか、和田ちゃん。ひどいわ〜。友だち見捨てたらアカンで」木村さんだ。手に2本の缶チューハイを握っている。
「苦労して手にいれた酒はウマイで。ほれ飲もうや」
「すいません、逃げてしまって。顔、大丈夫ですか?」
「あんな酔っぱらいのパンチ、どうっちゅうことない」
ホントか? 見栄張ってないか?けっこう豪快に吹っ飛んでたけど。チューハイを飲むうち、にわかに冷え込みが厳しくなってきた。木村さんが体をさすりながら口を開く。
「う〜さぶ。なあ、俺の部屋に行かへん?」
近くのドヤ(=簡易宿泊所)に部屋を取っているので、毛布で暖をとろうと彼はいう。ちょうど俺も冷えきっていたところだ。行きましょう。案内されたのは、ちょっとすえ
たニオイのする、薄汚れた3畳間だった。壁のハンガーには使い込まれた作業着が吊されている。「そういえば聞いてなかったですけど、木村さんって日雇いで働いてるんですか?」「気が向いたときだけな。明日の朝も現金仕事に行こ思うてたから、1日はやく西成に来たんや」「え、自宅は別のところにあるんですか?」
「うん。ここからチャリで30分のところのアパートで1人暮らししてんねん」
なんと部屋を借りられるほどの境遇だったとは。ふと疑問がわいた。
「生活費はどうしてるんです? たまの日雇い仕事じゃ家賃とか払えないでしょ」
「実は俺、福祉で生活してんねん。生活保護や」
「てことは無職ですか」「むかしは鉄筋工してたんやけど、ケンカでクビになってな。それから酒ばっか飲んでやさぐれてたらアル中になってもうて、3年前から福祉を受けてんねん」「ほう」「でもな12万じゃ酒代ですぐなくなるやろ。そやから日雇いをやってんねん」一見、悲惨に思えるが、よく考えれば、衣食住を行政に保証され、自分で稼ぐのは酒代のみという生活なわけで、ちょっとうらやましくもある。ふと興味がわき、将来どうするつもりなのか聞いてみると、木村さんは一瞬の迷いもなく答えた。「警備員やりたいな。あれ楽チンそうやし」すっかり日も暮れたころ、突然、ドヤの主人が木村さんの部屋にやってきた。
「すんません。もう8時なんで、宿泊客以外の方はそろそろ出てください」
出入りをチェックしてやがったか。あわよくばこのまま泊まっていけるかもと企んでたのに。木村さんがこちらを向いた。
「俺のアパートに行く? 和田ちゃん泊まるところあらへんねやろ。朝まで飲もうや」
「でも明朝、仕事なんじゃ?」
「かまへん。もうめんどくさいし今度にするわ」俺に気をつかってくれたというよりは、マジで働く気がないような口ぶりだ。とことんダメな人だねぇ、ありがたいんだけど。木村さんのチャリに2人乗りし、彼の地元へ移動した。駅前に小さな商店が軒を並べる、下町チックな町並みだ。駅前にチャリを停めた木村さんが、目の前の居酒屋を指さす。「ちょっとここで酒を調達してくるから待ってな」
行きつけの店で、一升瓶をツケでゲットするつもりらしい。大丈夫かよ。
「まいど、大将おる〜?」店の入口から店内を眺めていると、大将らしき男が木村さんに気づいた途端、スッと奥に消えるのが見えた。店員も完全にムシだ。外に出た木村さんが、気まずそうにこめかみをかく。
「大将、留守らしいわ。もうひとつツケのきく店あるし、そこに行ってみよか」そうして向かった場末感漂うスナックでは、一段と厳しい歓迎を受けた。木村さんが「まいど、ママおる〜」と明るくドアを開けた直後、中年ママが絶叫したのだ。
「入ってこんといて! 二度と来るな言うたやろ! 帰れ!」
「なんでやねん。前のツケは精算してるやん」「帰れ!」どえらい剣幕でドアを閉めたママが、またドアから顔をだしてわめいた。塩をまきながら。「二度と顔だすな!」
ママにここまでさせるなんて、いったい何をしたんだろ。木村さんに尋ねかけたが、とぼとぼと歩く背中があまりにも寂しげで、俺はつい口をつぐんだ。住宅街のはずれにあるアパートは、思いのほかまともだった。フローリングの5畳ワンルームで風呂トイレ付き。生活保護受給者が俺よりいい物件に住んでるなんて世の中おかしい。
 しかしよく部屋を観察すると、やはりそこかしこに〝らしさ〞があった。千円以上するから買えないとの理由で切れたままの蛍光灯。脚の折れたテーブル、リモコンがないため使用不能のエアコンなどなど。
「なんだかガラクタばっかりですね」
「もらい物や拾い物ばっかりやからしゃーないねん。それより、ジャーン! 千円札! これで酒が買える」
テレビの下に隠してあったへそくりらしい。その金で蛍光灯を買えばいいのにと言うまもなく、木村さんは俺を部屋に残し、酒の調達にでかけた。まもなく戻ってきた木村さんは、チューハイの他にツタヤの袋をぶら下げていた。
「『少林サッカー』観ようや」この映画は彼の人生のバイブルで、すでに500回以上は見ているのだと。なぜか毎回レンタルで。購入した方が断然安いとのツッコミは、あえて飲みこんでおいた。チューハイ片手の映画観賞が始まった。
「ガハハ。ほら、ここ見て。ここからええシーン。ごっついシュート出るから。ブウォーーー。ゴ〜〜〜ル。な、すごいやろ」「はあ」
「ほんで次ここ! このデブがまたやりよるんやわ。ジャンプ力がハンパないねん。見てみて、ビューーン! かっこえええ! ちゃんと見てる?」
「ええ、見てますけど…」内容は、カンフーの達人たちがサッカーチームを結成して全国制覇を狙うという荒唐無稽なギャグものだ。なぜこれが人生のバイブルになるんだろう。
「これが木村さんのバイブルなんすか?」
「和田ちゃん、わかってないなぁ。この映画は敗者復活の話なんよ。そういうの燃えるやん。俺もがんばらなって」
「なるほど、そういうことですか」
「そうそう、そうなんや。俺もいつかアル中を治して警備員にならんと」
そう言って木村さんはノドを鳴らしてチューハイを飲み干した。
「ほら、次見てみ。すごいぞ、すごいぞ、ほら!」「はい」
「な、強いやろ。こっからが凄いんや。見てるか、和田ちゃん?」「あ、はい…」だんだん、まぶたが鉄のように重くなってきた。ダメ、もう眠いっす…。
翌朝9時、泥酔している木村さんには声をかけずアパートを後にし、そのまま東京行きの新幹線に乗りこんだ。木村さん、いつか警備員になったとき、また会いましょう。あなたの敗者復活の物語をゆっくり聞かせてください。