会話のタネ!雑学トリビア

裏モノJAPAN監修・会話のネタに雑学や豆知識や無駄な知識を集めました

錠前の交換やピッキングの鍵師という職業

各テレビ局がこぞって取り上げているのが、鍵師という職業である。
例えば、フジテレビでは渡辺謙主演の「鍵師」なるシリーズ物ドラマが人気を博しているし、他にも、ドキュメンタリーやバラエティなど、その仕事ぶりが紹介された番組は数え切れないくらいだ。それほどまでに題材として扱われる理由は何なのか。これはひとえに、錠前を開けるという行為(ピッキングと言う)が映像的に「絵」になるからに他ならない。最近、鍵師になりたいという人が急激に増えているのも、背景に、それらの番組の宣伝効果があるのは明らかだろう。この風潮に乗る形で、鍵師を養成するための講習会や学校も相次いで開校。起業家向けの雑誌や夕刊紙の広告などに目をやれば、「1週間で技術が習得」「即開業」といった魅惑的なキャッチコピーが踊っている。
実際、国家資格のようなものを必要としない鍵師は、技術さえ習得すれば、誰でも開業が可能だ。防犯設備士という資格もあるにはあるが、コレは財団法人が発行しており、無理をして取らなくても十分に営業ができる。さらに、売れっこ鍵師ともなれば、その年収は数千万円にものぼるというから、収入的にも旨味のある職業であることは間違いない。仕事が魅力的な上、技術は短期間で習得が可能、数千万円という高額な年収。ここまで好条件が揃っていれば希望者が殺到しない方がオカシイが、現状からすれば、テレビ番組や広告に踊らされていると言わざるを得ない。まず最初に認識しておかなければならないのは、一般的に鍵師の仕事としてイメージされるピッキングは、実際の依頼としては極めて少ないということだ。テレビなどで放映される、金庫や高級外車のドアといった攻不落の錠前をいとも簡単に開けてしまう鍵師の姿は確かにカッコイイが、そんな仕事はほとんど舞い込んで来ない。鍵師、というより鍵屋と呼ぶ方が正しいが、鍵を扱う業者の仕事のメインは店舗にやって来たお客の合鍵を製造することだ(一般的に店売りと言う)。そしてもう1つが出張仕事と呼ばれる、錠前の交換やおなじみのピッキングである。収入面からすると、前者が7割、後者3割ぐらいの割合になるが、後者の出張仕事もそのほとんどが錠前の交換。ピッキングの依頼は1カ月に1,2件というのが現状である。もちろん、中にはピッキング専門業者もいるにはいるが、前記の事情から、そのやり方では収入的には小遣い程度がせいぜいだろう。要するに、鍵の複製という地味な仕事もこなさなければ、鍵師としての成功の道も開けないのである。

鍵師を目指したいという人にとって、すぐに思いつくのがソレ専門の養成学校、講習会など。広告を見れば、だいたいどこも「技術が身につくまで教えます」を売り文句にしており、テキストと工具の代金も含んだ受講料は、1,2週間の講習(期間は呑み込みの早さによって若干の差が出るが)で30万円ほどだ。ただし、このテの学校の中には、ロクに技術も教えず、二束三文の工具を高額な値段で売り付けるダマシ業者も多数存在する。ナケナシの金を振り込んだはいいが、数日後には事務所が消えてなくなっていた、なんてシャレにならないケースもあるから、学校を選ぶ際には細心の注意を払った方がいい。しかしそれより何より、実は、1,2週間程度の講習を受けたくらいでは、なかなか実戦には結び付かない、という現実問題がある。なぜなら、車の錠前だけでも数十種類もあり、そこからさらに住宅のドア、金庫と広がれば、その数はハンパではなく、1つや2つの錠前が開けられるようになったくらいでは何の役にも立たないのだ。じゃあ、いったいどうすればいいのか。素人考えでは、鍵屋に弟子入りするなんて古典的な方法が頭に浮かぶが、これもまず不可能。給料を払ってまでわざわざライバルを作る人の良い鍵師などいるワケがない。今回の取材に際し、お話を伺った鍵師のA氏は言う。
「だから独学しかないんだよね。私の場合もそうだったしさ。例えば、そこらに捨てられている車の錠前を勝手にハズして持ち帰ったりとかね。で、バラして中の構造を研究すれば、その錠前を開けられるようになるでしよ」要するに、しらみ潰しに1つ1つの錠前を開けられるようにしていくしかないというわけだ。その手段はというと、これはもう様々。車だったら解体業者に山積みにされているスクラップから錠前だけ取りはずしてきたり、住宅であれば近所のマンションやビルなどを見て回り同じタイプのものをメーカーに注文したり、外国の珍しい錠前に出くわせば辞書を片手にインターネットを通じて同じものを取り寄せたりと切りがない。非効率的と思われるかもしれないが、何年もかけてキチンと技術を教えてくれる学校が存在しない以上、それも仕方のないこと。現在、鍵師として一本立ちしている人間はみな、そういった修行時代を経て、ようやくプロとしての腕前を身に付けてきたのだ。こうした現状からすると、鍵師になる近道らしい近道は、とにもかくにも、まずは鍵屋を開業してしまうことだと言えよう。ウサギとカメのカメではないが、地道に合鍵を作りながら、徐々に技術を身に付けていくのが正解だ。鍵屋を営むにあたり、まず購入しなければならないのがキーマシーンとコードマシーンだ。前者が、客が持ってきた鍵と同じものを作る機械、後者が、見本となる鍵がなくてもコード番号(オリジナルの鍵は必ずタイプ別にナンバリングされている)から複製品を作る機械だ。取り扱いには多少の技術が必要になるが、購入時にメーカーが開く講習会などに参加すればほぼOK。ちなみに、これら設備の販売元としては「フキ」や「クローバー」といったメーカーが有名。大抵の会社は無線雑誌などに広告を掲載しているので、問い合わせ先を探すのに苦労することはない。設備が整えば、次は物件選びである。店の場所を決める上で重要なポイントは、通りから店内が見えるような1階の物件を選ぶこと。鍵をコピーするという仕事の性質上、お客の信用を得なければならず、雑居ビルの中などに店をオープンしては誰も寄り付いてくれない。続いては広告。といっても、大勢の人が目にするような媒体に広告を打っておけばいいかと言えばさにあらず。雑誌。新聞広告や折り込みチラシはまるで効果がなく、食いつきがあるのは、野立て看板や電話帳広告と合い鍵作成には欠かせないキーマシーンといった、いわば地味目の媒体。ユーザーがいざ困ったときに探すことができる、長期間掲載されるものでPRしておくのがポイントだ。もし仮に、このような細々とした開店の準備が面倒臭いというのなら、どこかのフランチャイズに加盟れば、物件選びから設備、広告に至るまで、全てセッティングしてもらうことも可能。しかし、コンビニのフランチャイズがそうであるように、月の売上の何%かを加盟料名目で徴収される上、その加盟金もバカ高。モトなど取れるはずもなく、店が潰れた揚げ句に多額の借金を抱えてしまうヒサンなケースも数多いとか。さらに付け加えると、ある業者は、求人雑誌に「月収30万、鍵メーカー社員募集」などと広告を載せ、ごっそり人が集まったところで説明会を開いてフランチャイズになる方が儲かると説得、数百万円
もの設備を売り付ける、なんて詐欺まがいのことまでやっているというから始末に終えない。実は、鍵師ブームに乗じて一番儲けているのはこうした業者なのだが、鍵屋開業希望者そのものが客となる彼らにとってみれば、フランチャイズの売り上げなどどうでもいいこと。いきおい開店後のフォローもズサンになりがちで、そんな輩に虎の子の開業資金を任せるのは自殺行為に等しい。失敗させないためにも、開店までの準備はやはり自らの手で行うべきだろう。さて、鍵屋をオープンさせたとして、まずは合い鍵作りが中心となるが、客の要望に応じ合鍵を作るためには、その原形となるブランクキー(まだ凹凸のない状態の鍵)を仕入れなければならない。購入先は設備を揃えたメーカーでOK。原価は1本100円ほどだ。これを注文に応じてキーマシーン、コードマシーンで削れば、1本あたり400円程度の料金を取れるのだから、単純計算でも粗利は7割強。効率はかなり良い。ただし、どんな鍵でもやたらめたらに作ればいいというものではない。中にはマスターキー(一般の鍵よりギザギザが多く、これがあれば大抵の錠前が開けられる)なんて危ない鍵を持ち込んでくる客もいるから注意が必要だ。取材に応じてくれた別の鍵師。Bさんの店にも、そのテの客はしょっちゅう現れるという。
「建設現場に勤めていそうな人が多いですよね。たぶん、ちょっとしたスキに持ち出すんでしょう。身分証明書を見せてくれ、っていうとほとんど逃げて帰っちゃいますけどね」が、Bさんによれば、業者の中にはマスターキーであろうが何であろうがエと式で作ってしまう防犯音識の欠けた者もいるらしい。我々からすれば空恐ろしい話ではあるが、それが犯罪に使われて製造元が(したところで、現実には鍵屋にまで刑事的な責任が及ぶことはまずないという。

次はいよいよ出張仕事である。出張仕事の料金の相場は、ピッキング、錠前の交換、ともに1回あたり1万2千円〜1万5千円ほど。現実には、無知な客と見るやいなや法外な料金をフシかける鍵師もいるが、悪い評判が立てば自然と客足も鈍るのが常だ。肝心の仕事をどう掴むかは、仮にタウンページなどに広告を載せていたとしても、それに期待してはいけない。そのためには、積極的な営業回りが必要。重点的に回るべきは、不動産屋、ビルの管理会社、中古車のディーラーといった、業務上頻繁に鍵を取り替えねばならない会社だ。中でも、特に稼ぎになるのがオーナーが変更になったビルの仕事。この場合、1回の仕事で鍵を交換することになり、1日に数十万円の収入が懐に転がりこむ。ちなみに、こうした出張仕事をする際は、必ず地元の警察と仲良くなっておこう。というのも、鍵を交換している姿を見た住民が、泥棒だと勘違いして110番通報することが多々ありこの場合、鍵師には職業の証明となる免許のようなものが存在しないので、警察に顔見知りを作っておかないと、なかなか帰してもらえないのだ。もっとも、その警察から仕事を依頼されることもあるが、それらのほとんどは、強盗殺人現場の金庫のピッキングだの、汚職代議士の家宅捜索の同行だの、相当へビーなものばかり。ま、考えようによっては、これこそ鍵師の最大の役得であると言えるのだが。