なんでも、ホームレスを利用して金を稼ぐ仕事師がいるという。架空会社の社員に仕立てたり、クレジットカードを作らせたり詐欺の手口としてはありがちだが
「いや、違う違う。テメエの金欲しさにバッと使ってポイっと捨てるみたいな扱いはしないって。むしろ、ホームレスを救ってる言うてほしいわな」
救いながら金を儲ける?「生活保護とか年金とかいろいろあるやろ」
なるほど身よりのないホームレスに公金を受給させ、それを自分の懐に入れてるわけか。しかし、たとえホームレスとはいえ大の大人が、おいそれと言いなりになるもんなのか。「まあ、百聞は一見になんとやらや。信じられんのやったら現場を見たらええ・今度の日曜、××公園まで来れる?ホームレスをナンバしに行くんや」
数日後の日曜朝、男が指定した関西某都市の公園に出かけた。門を入ると、奥の方に人だかりがある・テーブルに群がる男たち・テレビでよく見る炊き出しだ。
「はいはい、順番やで・順番守ってやぁ」
ボランティアと思しき男女が、味噌汁とオニギリを振る舞っていた・それを貧り喰ってる男たちがホームレスか。思いの外、こざっぱりした格好だ。挨拶もそこそこ、工藤は彼らに近づき呼びかける。
「みなさん、かがやきハウスの工藤と言いま’す。今日も暑いですねえ・あのな、食べながらでいいんで聞いてくれませんか。みんな仕事がなくて困ってる思うんやけど、やっぱり人間、自立してナンボや思うんですよぉ」
聞いているのか、いないのか、ホームレスたちは食べるのに一生懸命だ。そこで工藤は、さらにデカイ声を張り上げる。
「みんなこっちきて聞いてや!週休2日で働いて、給料もろてベッドと食事が付いて、今よりもず1つと人間らしい生活が送れるんですよ。立ち直りたい、イチからやり直すんだって思ってる人、こん中にもおるでしょう。見学だけでもええんやから一度、ハウスに来てください」
話を最後まで聞いていたのは、初老のオッサン4人とボサボサ髪の男の、計5人だった。「あんたらようわかつとるわ。ここで説明しとっても始まらんから、あそこのバンに乗ってくれる?」工藤が手慣れた様子で5人をクルマヘ誘導する。
「助手席に乗ってください・今からアイツらを寮まで運んでいきますから」
午前7時・ホームレス5人を乗せたバンは××公園を出発した。一見、身ぎれいに思えたホームレスたちだが、狭い車内に押し込められれば何とも言えない臭いが鼻をつく。おまけに、誰もが無言。まるで刑務所に向かう護送車のようだ。高速道路を走ること約⑩分。インターを下りて辿り着いたのは、幹線道路沿いの一角だった。
「ハイハイ、じゃあ下りて、そこの玄関から入って右の方の部屋にいてくれる?」
工藤の指示に従って、男たちは大人しくかがやきハウスと書かれた建物に向かう。プレ
ハブ小屋.いや、ちゃんとしたアパートだ。真ん中の廊下を挟み、両側に小さな部屋がズラつと並んでいる。それぞれ6畳ほどの広さで2台の2段ベッドの他は足の踏み場もない・どこもかしこも、汗とカビが混じった男くさい臭いでいっぱいだ。いわば都会のタコ部屋だが、路上に比べれば天国かもしれない。テレビやトイレも整い、食事の心配もないのだから。
「他にも近くにウチの寮が4つあって、110人が共同生活してる。最近は定員がいっぱいになってもうて、また新しく1棟増やそうか思てますけど」
この男、いったい何を企てているのだ?
考えついたのがホームレスを集めて安い賃金で働かせるというものだった。
「どっかで聞いたことがあったんですわ。ボランティア言いながら、そんなことしとる連中がいるって。けど、それじゃオレに旨味がない。で、生活保護を受給させて生活費として徴収すれば儲かるんじゃないかと」
表は慈善事業を気取りつつ、裏で公金をバクる。うだっの上がらないサラリーマンなん
かやってる場合じゃないとゾクゾクしたという。
「社長は説得するまでもないゆうか、昔はヤクザモンみたいな人やったから、ええアイデアやんか。一緒に儲けようやみたいな感じで意気投合したんですわ」
問題はホームレスを押し込む物件だが、あっさり解決した。ちょうど工場近くに倒産した会社の寮が競売に出されており、誰も買い手がつかず放っておかれていたのだ。そこで家主に直接交渉、破格値で貸してもらう約束を取り付けた。「あとは今朝見てもろたとおりですわ。最初はあそこの××公園で炊き出しやつとるボランティア団体に、うちも自立支援の活動をやってるので協力しあいませんかつてかけあって」
半ばダマすような形であつさり《漁場》を確保した彼は、毎週日曜の炊き出し日に出向いては「三食ベッド付」をエサに1人、2人と寮に引き込み始める・工場の敷地を拡張し、寮の定員を満たすまで3カ月とかからなかった。
「公園の炊き出しみたいなんは魅力的なんでしょうね。ホンマ、どっから来たんやってくらい毎週毎週、次から次へと新顔のホームレスが集まってきますからネタには困りませんよ」
暮らしぶりを観察し、生活態度のいい、見込みのある人間には寮長や工場の班長、料理長といった役職を与える。
「うちはすべて自分らでやらせてるんですわ。元料理人とか結構いるんで、そいつらにメシ作らせたり、寮のベッドなんかも全部、元大工の作品やし・見ました?ムチャクチャ頑丈で売り物になるくらいですよ」
もっとも、寝食を保証した後に待ってるのは地獄の労働ではなかった。
「結局、働くのがイヤな連中なんですよ。工場作業っていっても、せいぜい5時間が限度。こんなヌルイ職場、他にありませんて」
仕事は朝9時から3時まで(昼休憩1時間)で、ノルマも残業もない完全週休2日制・内容も、単純作業ばかり。確かにラクな職場だが、日給がたった500円と聞けば納得がいく。「1日ごとに、仕事終わってから全員に500円を日払いするんですよ」
もともと生活費0円で暮らしていた連中だから、日に500円でも大金だ・仲間内でのバクチ、近所の競輪場、コンビニの工口本など、それぞれささやかな楽しみを見つけ出す。「間違っても金貯めて出て行こうと考える前向きなヤツなんていない。みな体もボロポロやし、やり直すなんて無理なんですよ。死んでまうヤツも年に2,3人はいてるし。まあ、ほとんどは肺ガンとか胃ガンですね。死に場所見つけたと思って安心する
んちやう」
三食ベッド付の寮に住まわせ、安い時給ながらも人間らしい生活を与える。と、ここまで聞いた限りでは真っ当なボランティア活動にも思える。が、真の目的はその先だ。現在工藤がホームレスたちに受給させている主な給付金は2つ。生活保護と年金である。まず前者に関しては、原則として「収入・貯蓄額が各自治体の定めた必要最低限度額に満たない」と判断された場合のみ認定が下りる。手続きには住民票、納税証明書などの収入の有無を照明する書類が必要だ。家をなくしたホームレスに、そんなものが作れるのかと疑問に思うだろうが、工藤によれば戸籍さえわかれば、新しく住民票を取るのは簡単らしい。「夜逃げしてきたヤツがよく新しく住民票取って平気で暮らしてるでしよ。あれと同じ・ラクショーですよ」仮に、住民票が取れたとして、さほど簡単に認定が下りるとも思えないが。
「うん、俺も正直不安やったから、いちばん最初にワザと凄いのを選んで役所まで連れてったんです。それこそ1年とか2年、風呂入ってないヤシ選んでね。もう庁舎の中、異臭騒ぎですわ」
役所側は認定を拒否したものの、工藤は引き下がらなかった。なんでお上は家もないヤシに金をやらんのや。それがオマエらのいう福祉か。これは人権問題やで窓口に怒鳴り散らし、座り込みまで敢行、ついに福祉担当者に根を上げさせた。3人に11万円ずつ給付させることに成功したのだ。