マシンガンのようにしゃべる坂川治志氏(仮名)は、競売で家を買おうという人間を相手に金を編し取る競売グループに属する人物だ。競売は借金のカタになった不動産を入札でいちばん高い価格を付けた買い受け人に売る、栽判所の手続きのこと。
以前は、投機目的の不動産会社や暴力団関係者の独占場だったが、ここ数年、バブル期に購入した不動産のローンを払い切れず手放すケースが増加。市価の7割の額でマイホームが買えるとあって一般の人たちの間にも広まってきた。坂田氏の仕事は、簡単に言えばカモとなる客の調達である。
篠田節子の『女たちのジハード』って読んだ?あれはよくできてる本だよ。なにがって、あの中で主人公がマンションを買ったじゃない、競売でさ。ズブの素人、それも「私に預けなさい。悪いようにしないから」なんて言い寄ってくる男がいたでしよ。あれね、みんなホント。
栽判所にでかけ、ターゲットを物色。競売のプロフェッショナルたちに混じって不安そうにファイルを覗いている主婦やサラリーマンに近づき「物件明細の見方、わかりますか」と声をかける。流行のグレーのスーツをピシつと着こなした坂田氏が『不動産コンサルタント』の肩背きが付いた名刺を差し出しすとき、彼の仕事が始まるのである。
放火で焼死した男の話で﹇お客さん﹈を口説き落とす
競売ってのはいま、ある種のブームになってるんだよ。住宅情報誌に競売でマイホームを手に入れるなんて特集が組まれたり、新聞にインフォメーションが載ったり。そういうのに乗せられて不動産屋で買うのと同じような感覚で競売に手を出す一般人が増えて
きてる。俺の仕事はそういう﹇お客さん﹈を探すこと。競売を考えている人間はまず地裁の閲覧室ってとこで資料を見るから、そこで網を張るんだ。一目見れば業者か一般人かはわかるね。なんていうか、同じスーツを着てて半呈分囲気が違うんだ。それにいまは不動産会社のヤツらなんかいちいちコピー取らないで、デジタルカメラで撮影してたりするからね。いちばんの狙い目は、30代半ばのフツーの主婦かな。そのぐらいの年ならマイホームを目標にためた貯金もある程度の額になってるし、専業主婦には裁判所のこむずかしいことなんか理解しにくいでしよ。閲覧室には、所有者の名前や誰が住んでるかなんてことが書いてある「現況調査報告書」と「物件明細そして最寄りの交通機関はどうだとか書いた「評価のセット」が置いてあるんだけど、そんなの素人が見たって具体的なことはわからないのよ◎
例えば物件明細書の欄に賃借権が「ある」って書いてあれば、賃借入××が占有しているって併記してあるからわかりやすいんだ。けど「なし」って書いてあって備考欄に「○○が賃借権を主張しているが正常なものとは認められない」とか書いてある場合がある。
つまりそれは、きちんとした賃貸借契約が交わされているわけじゃないが、その家やマンションに誰か住んでいるってこと。所有者の親戚かなんかが居候してるのこともあれば占有屋が住んでる可能性もある。あ、占有屋ってわかる?競売にかかった物件に以前から住んでるように見せかけて「出て行ってもらいたいなら立ち退き料を出せ」って脅しをかける人たちのことね。昔からある代表的なヤクザのシノギだよ。一般の人はさ、裁判所が正常じゃないって認めてるんだし、自分は正式な手続きを踏んで物件を落札して手に入れるんだから、そんなヤツら裁判所が追い出してくれると思うんだよね。だけど裁判所は何もしてくれないの。しかも書類には「占有者なし」って書いてあっても、実際には金目的のヤクザが住んでる場合もあるし。そんなの現地に行って調べればわかると思うだろうけど、おかしなことに何百、何千万の買い物をするってのに競売物件の中には入れない決まりになっているの。都会のマンションだったら、隣の住人だって人が住んでるかどうかなんて知らなかったりするから、確かめようがない。そういう説明をしてさ「奥さん、貯金をはたいて買った家がもしそんな物件だったらどうされます?立ち退き料を何百万もふっかけられたあげく、家の中をメチャメチャにされるのが落ちですよ。ここは俺たちプロに任せませんか」って勧誘するわけ。最近、俺がカモを口説くときは広島で起こった事件を引き合いに出すんだ。その一戸建てには占有屋じゃな
くて家の持ち主が住んでいたんだけどさ。その人「長年住んだ家を明け渡すぐらいなら火をつけてやる」ってホントに灯油をまいて火付けて、おまけに自分も焼け死んじゃったの。どう、怖いでしょう。この話をすればイチコロだね。向こうから「ゼヒお願いします」って頭を下げてくるよ。裁判所でカモを捕獲したら、そのまま事務所に連れていくんだ。どんな物件を探していて、出せる資金はいくらぐらいか希望を聞くわけ。実際、こうやって客の望みにあった物件を探して入札価格の相談に乗ったり、占有者がいたらその交渉に当たったりする代行業者ってのがいるんだよ。