意識の高いリア充が〝オクトーバーフェスト〞というわけのわからない言葉を突然口走るようになった。それまでオクトーバーって単語すら一回も発したことなかったのに急に「オクトーバーで飲みすぎちゃってさ〜」とか「来月オクトでさ〜」と言い出したのである。オクトーバーという名前にしては1年中やってるようで、それも日比谷公園だの横浜赤レンガパークだのお洒落スポットが開催地となり、今年のゴールデンウィーク
にはお台場の海岸沿いの公園がその会場になるという。
今回はそのゴールデンウィーク、土曜日、快晴、お台場、オクトーバーフェストという役満が揃った恐ろしい場所に護摩行のつもりで馳せ参じることにした。世間では今年のGWは10連休だったらしいが、自分は最も遠出したのが近所のブックオフである。
そんな自分にとって異国の地とも言えるお台場の公園に夕方到着すると既に若者を中心に大勢が盛り上がっていた。入り口にウエイトレスの恰好をした案内役の女がいたので訊くと「300円のクーポン冊子を買えばビール1杯につき200円安くなる」とのことだった。2杯以上飲めばようやく100円お得になる計算だが詳しく訊くとビール1杯の値段がなんと平均1400円(500㎖)。普段上野の呑み屋で260円の謎の日本酒を飲んでる自分からすると1400円のビールは断じて手が出せるものではなかった。2杯飲めば2800円、そこからクーポンで値引きされたところで焼け石に水。しかし会場では若い連中がいかにも「酔っ払っちゃったオレを見てくれ」と言わんばかりに頭をユラユラ揺らしながら闊歩している。中央のステージでギターとドラムの激しい音が聞こえたので駆けつ
けてみるとマスクを被った外国人の男が激しく腰を振って踊っていて、それを客たちが見上げながら手をヒラヒラさせて崇め奉っていたので新手の宗教の集会場に迷い込んだのかと思ったほどだった。 そうかと思ったら今度は別の外国人がステージに立ってルイ・アームストロングの名バラード「ワンダフルワールド」を歌いだして、そしたらそれまで総立ちだった客がしんみりしちゃって涙ぐんだりして、カップルなんかは肩を寄せ合ってまたユラユラと揺れ始めたので急いでその場を離れるしか術はなかった。
とりあえずしょうがないから1400円のビールと1100円のピザを買ってテーブルに着くと案の定隣でイチャつくカップルが参上した。しかもビールを1ミリずつちびちび飲んではイチャイチャを繰り返し、挙句に男が「手相を占ってあげるよ」とかほざいてブスな女の手を握って「へえ」とか「ほお」とか言って指を愛撫するかのように揉んでいる。
確かにこんな高いビールをグイッと一気に飲めないのは分かるけどこいつらは間違いなくビール好きじゃないだろう。なので試しに
「すみません、それってどこの銘柄のビールですか?」と男に訊いてみたら案の定「あ…、これっ、向こうの緑色の看板の…」とドモりだしたので「え?緑?キリンの淡麗グリーンラベルですか?」と攻め込むと途端に険しい顔になって女と顔を見合わせて首を捻ってどこかに移動してしまった。テーブルで一人、味のまったくしないマルゲリータピザを食べていると、今度は向こうの方から客たちが一つの長い列になって前方の人の肩に手を乗せながら汽車のようになってこちらに移動してくるのが見えた。つまり知らない者同士が汽車ぽっぽゴッコをしているのである。100人以上が20メートル以上の列になって会場を走り回り、すれ違う客たちにハイタッチをしている。こんなもんを赤羽のホルモン屋でしたら完全に出禁だし、こいつらよく見たらまったくビールを飲んでいる気配もない。
スマホで激写して「こんな不届き者たちがいました」とツイートしてやろうかと近づくと、何を勘違いされたのか10歳ぐらい年下の男に「大丈夫、ここ入って!」とか言われてスペースを空けられて、なんとその汽車の列に加わる羽目になってしまったのである。どさくさに紛れて知らない女の胸でも触って一矢報いようかと思ったが俺の前後は強靭な男二人。それより何より硬派の俺がこんな汽車ぽっぽの列に一緒になって行進しているところを同じ長渕ファン仲間に見られたら完全に破門にされてしまうだろう。
慌てて酔ったふりをしてあさっての方向に脱線してどうにか車両から逃られることに成功した。このままビール1杯で帰るとクーポン冊子を買っただけ損になるので無理やり草の味のするビール(1500円)を購入して一気飲み。新橋で飲み直そうと思いつつ足早に帰路についたのであった。