夏と言えば花火、海水浴、BBQ。我々非リアの見えない遠いところでそれらをやってる分には良かったのだが、ついに奴らは都心に砂浜を運んできて人工的なリゾートビーチを作り出してそこでBBQをするという神をも恐れぬ行動に出た。リア充はもちろん、一部芸能人すらも合コンに使っているというそのビーチカフェなる怪奇な場所に気温37度を超す8月某日、足を延ばしてみたのである。
都内某メトロ駅で下車。一見周囲に何もない場所だが5分ほど歩くとアディダスだのZIMAだのオシャレなショップが固まっている一角が突如出現した。
ビーチらしきものは何も発見できずうろうろ探していると、それらのオシャレショップの脇の通路から10人ぐらいの男女のリア充集団が横一列になって太陽にほえろのオープニングみたいな感じでゾロゾロと歩いてきた。そのリア充たちの放つ眩しすぎるオーラに圧倒されて思わず一瞬敬礼しそうになったほどだったが、彼らの会話から察するとどうやらその通路の奥がビーチカフェになっているらしい。
初見では絶対に気付かないような、その何の変哲もない通路に向かうと、そのさらに奥にいきなりヤシの木が生えた白い砂浜が姿を現した。手前にはシャワーが2つ設置されており、右側にはなぜかオシャレなブランコがあって、そこに不思議ちゃんを気取った年齢不詳の女2人がユラユラと揺れていた。こいつら日暮里の公園のブランコだと絶対に見向きもしないのに、このビーチカフェだと急にブランコに揺られながらぼんやりと休日を過ごすアタシたちみたいになりやがってと言い得ぬ怒りが込み上げる。
とりあえずスマホで白い砂浜の写真をパチパチ撮っているとグラサンにカンカン帽、アロハシャツを着た、今日ハワイアンになったばかりですみたいな男が「カフェって、利用とかって、したりしますか」とわけのわかんない日本語で話し掛けてきた。利用したい旨を伝えると奥の白く丸いテーブルに案内された。周りはカップル2割、女同士2割、残り6割は男女グループといった構成だ。
メニューを見ると安いものでもモヒート900円、タコライス1500円といった具合でちゃっかりと海の家価格になっていたので椅子から転げ落ちそうになった。しょうがないからカンカン帽にそれら2品を注文。
ビーチの左側は大きめのテントが8つほど張られており、それぞれ男女のグループが炎天下でBBQを汗だくになりながら行っている。正直このうだるような暑さでBBQをしたいかと言えば全員したくないはずだろう。全員冷房の効いた涼しい自宅で横になって高校野球を見ながらガリガリ君でも食っていたいはずだ。
しかし、目の前ではおでこに冷えピタを貼って今にも倒れそうになりながら虚ろな目で肉を焼いているエグザイルのような男たちがいる。中央のビーチでは小玉スイカがポツンと置いてあり、どうやらこのあとスイカ割りが行われるようだけど、おそらく小玉スイカは打ち上げ花火玉ぐらい熱くなっているに違いない。ビーチ内を一人でうろうろしていると女子3人組が「あの〜」と急に話しかけてきたので100万ドルの笑顔で振り向くとスマホを渡されて3人が俺に向かって親指と小指を立てる所謂アロハポーズ
をして舌を出してきた。一人で徘徊してるのは俺だけだったので店員と間違われたのだろうか。
年の頃は19、20。おそらく春に田舎から東京に出てきたばかりのはずなのに夏にはもうビーチカフェでアロハポーズである。自分が東京に出てきて大塚のピンサロに行くまで3年かかったことを考えればリア充がその土地土地へ臨機応変に素早く適合していく様は見習いたいものだ。席に戻るとモヒートとタコライスが置いてあったが、ちょうど俺の席の前方がカップルのソファー席になっており、ビーチを観ながらモヒートを飲むにはカップルのいちゃつきも目撃しないといけない仕組みになっていた。カップルたちは肩を寄せながら見つめ合って一番安いタコライスをゆっくり食している。
そうこうしているとBBQの異なるグループ同士がいつのまにかどんどん交流を深めていっていることに気が付いた。お互いのスマホを覗きあっておそらくLINEの交換をしているのだろう。女同士のグループも他の男グループから肉や海鮮の具材を気軽に貰ったりして、ついにはあちこちで知らない者同士たちの乾杯が始まった。
何となくこのままでは最終的に自分以外がすべて一つのグループになりそうな不安を覚えて、小学校の体育の時間に2人組を作りなさいと言われて売れ残った悪夢が鮮明に蘇り汗が噴き出す。モヒートとタコライスをジャイアント白田ばりの勢いで口に流し込み、二度と来ないであろうビーチカフェを足早にあとにしたのだった。