会話のタネ!雑学トリビア

裏モノJAPAN監修・会話のネタに雑学や豆知識や無駄な知識を集めました

拘置所の真ん前の居酒屋ってお客さんがいるの??

映画「幸福の黄色いハンカチ」で高倉健が刑務所から出所し、まずは定食屋でビールを美味そうに飲む名シーンは余りにも有名です。震える両手でコップを掴み一気に飲み干す様は芝居とは思えぬほどのリアリティがあり、そのままビールのCMに使われてもおかしくないほどでありました。自分もかなりのビール党ですが、仕事のあとのビール、運動のあとのビール、それらどのシチュエーションよりもやっぱり刑務所のあとのビールが最も美味いに違いないとそれを見て確信したものです。そんな折、都内の某拘置所の近くにかなり寂れた〝角打ち〞があるとの怪奇情報が舞い込んできました。角打ちとは酒屋が店内に設けている酒を飲むスペースのことを指し、居酒屋より安く飲めるということもあって酒好きの間では昔から重宝されています。拘置所の近くの寂れた角打ちともなれば高倉健ばりの猛者が集まっているに違いありません。アウトローに憧れる自分は早速、某私鉄を乗り継いで現地へと足を伸ばしてきました。
駅を降りると拘置所が近いせいか、曇天のせいか、町の雰囲気はどこか重苦しく感じます。そこから幹線道路を5分ほど歩くと拘置所の正面入口があり、その目と鼻の先に目的の酒屋はひっそりと佇んでいました。年季の入った古びた建物で外の壁には「保釈保証金立替」と記されており、拘置所と共に成り立ってきたことを感じさせてくれます。押しボタン式の自動ドアには「手動」と記された紙が上から貼り直されており、店内をそっと覗くと店員らしき体格の良い半ズボンの男がなぜか下着や靴下などの洗濯物をハンガーに干している真っ最中でした。営業中なのかも定かではない中、手動ドアを開けて入店すると男は「あ〜、らっしゃあ〜い」と呂律の回っていない言葉を掛けてきたので早くも不安がマックスに達しました。店内は8畳ほどで左にレジ、右に酒類、奥にはカップ麺などの食品が並んでおり、その中央にはテーブルと椅子があり角打ちなのは間違いないようです。とりあえず冷蔵庫から缶ビールを一本取り出してレジへ。半ズボン男が一旦洗濯干しの作業を止めて「しゃん百円になりぃます」と再び呂律の回ってない声を発しました。場所が場所だけにシ●ナーでも嗜んでいるのかと思いましたが、しょうがないから「乾き物なにかありますか」と訊ねると半ズボン男は洗濯物が干してある方を指差しました。何のことだろうと疑問に思いつつよく見るとなんと洗濯ハンガーが吊るされた棚にポッキーやスルメイカなどが陳列されているのです。つまり下着越しに商品を選ぶという状況なのです。さらにはなぜか柿ピーの封が既に全開になっており、それが棚一面に散乱しています。争った跡なのか、一体何があったらこうなるのか見当も付きません。涙目になりながらポテチを一つ選び、レジに出すと半ズボン男は首を捻りながら商品を持って店の奥へと引っ込んでいき「お父しゃん、これいくらだっけ?」という声が聞こえてきました。店内に戻ってきて「びゃく六十円ですねぇ」と言うのでそれを支払い、ようやく席に着きました。その時点で時刻は夕方17時すぎ。他の客は一人もおらず、半ズボンの男と自分だけの2人っきりの店内はシーンと静まり返っています。とてもビールの旨味を感じる余裕のない自分は閉店時間を半ズボン男に訊ねてみると「だいたい日が沈むぐらいまで」というザックリとした回答を得ることができました。
 高倉健とは違う意味で手が震えながら缶ビールをチビチビ飲んでいるとふと奥の棚のカップ麺に目が留まりました。ちょうど小腹も空いていたし、何よりこの静まった空間に耐え切れなかったこともあり、カップ麺を選ぶことにしましたが、近づいてみるとそれらがどれも異常にホコリを被っていることに気付きました。しかもホコリが湿気で固まったのか土のようになっています。
サッカーワールドカップ開催の年ということもあってか、サムライブルー限定パッケージです。やむを得ずカップ麺を持ってレジへ。するとなぜか先ほどの半ズボン男はいなくなっており、代わりに「お父しゃん」と思わしき年配の男性が鎮座していました。
代金を払うと男性は「お湯入れてきてあげるね」と言って店の奥へ消えていき、再びお湯のたっぷり入ったカップ麺を慎重にテーブルまで運んできてくれました。賞味期限が切れているせいか、お湯がぬるいせいか、3分間経っても粉末が溶け切っておらず、食してみるもやけに薄味自分を食に飢えたムショ上がりの高倉健だと思うことによりどうにか完食し、ビールを飲みながら店の外に目を向けるといつの間にか辺りが薄暗くなっています。日が沈む前に店を出なくてはと慌てて一気にビールを飲み干して「ご馳走様です」と言うも男性はラジオの荒川強啓の声に耳を傾けているようで無言。やけに固い手動のドアをこじあけて急いで駅へと向かいました。