マムシドリンクやスッポンのエキスみたいな怪しい精力剤を売っている店に入るにはなかなかの勇気がいります。「勃起度150%アップ」とか「抜かずの3発保証」とか書かれているポスターが余計に入りづらくさせており、周りの目が気になります。前に一度、初老のオヤジがそんなこと一切気にせず店にズカズカと入っていき、またすぐに出てきたかと思ったら店の前で「仁王勃ち」と書かれたドリンクをまさに仁王立ちで一気飲みしているのを見て、ああいう年の取り方をしたいなと憧れたことがありました。
台東区某所の高架沿いに精力剤を扱う店が一軒ひっそりと佇んでいます。近くには老舗のゲイ専用サウナがあり、需要は大いにありそうですが、古い日本家屋でできた店の中はシーンと静まり返っている様子です。看板の真ん中の文字が消えて「救●堂」としか読めず、何から何を救うのかよくわからないことになっています。入り口の横には水槽のスペースがあり、その中をよく見ると生きた本物のマムシがウネウネと枝に絡みついています。どうやら近所の小学生の下校途中の肝試しスポットになっているらしく、男子小学生がジャンケンで負けたらその店の水槽に近づくという遊びをして騒いでいました。 店のドアを開けると8畳ほどの狭いスペースの手前にショーケースがあり、中にはマムシ粉末とスッポン粉末、その他にもシマヘビ粉末、水ヒルなどが売られており、マムシ粉末やスッポン粉末は4500〜6500円と高額のようです。客は当然ゼロで壁にはなぜか
「ビール500円」と記されて、奥には3人ほど座れるカウンターが、その奥には白衣を着たオヤジが厨房でこちらを見て立ち尽くしていました。目が合うなり「今日はどのようなご用件で…」と怪訝そうな顔で言われたので「精力剤が欲しくて…」とこちらも恐る恐る訊ねる形となり、オヤジが「それはそれはお待ちしておりました」と傍から見たら随分まぬけなやり取りとなってしまいました。オヤジは先ほどのショーケースの商品を一通り説明してくれましたが、こういう店にありがちな強引な勧め方は一切せず、好印象です。それにしてもカウンターでビールが飲める精力剤店なんてのもなかなかありません。よく見ると
「スッポン料理1万円」と記されているので普通に料理などのメニューもあるのかもしれません。 とりあえずビールを頼んでカウンターに座ってみましたが、カウンターの隅にはマムシの燻製が入った瓶が置いてあり、今にもどこからかマムシが急に飛び出してきそうで落ち着きません。生きたマムシがいるのは玄関の水槽だけなのかとオヤジに訊ねると「2階に何匹かいる」とのことで思わず頭を押さえながら天井を見上げてし
まいました。「持ってこようか」と言うので丁重に断ると、「ちょっとビール取ってくる」と言い残し、オヤジは絶壁に近い急な階段を駆け上がっていきました。しばらくするとオヤジが2階から滑り台のように降りてきたと思ったら、そのまま外に出て暖簾を仕舞い込み始めました。
「今日はもう店、閉めるんですか」
「17時までだから」
時計を見るとまだ16時10分なのですが、客が一人きたことに安堵したのでしょう。オヤジはニコニコしながら「いや、飲んでくださいよ」と言い、キリンラガーをコップに注いでくれました。もはや精力剤の店というより、ただのアメ横の呑み屋みたいな雰囲気になっています。 ビールはやけにぬるく、真横にマムシの燻製がある状態でそれを飲むのはさすがのビール党の自分でさえ、いつものような飲みっぷりではありませんでした。強引に精力剤の話を聞きだそうとしましたが「若そうに見えるし精力剤なんざ必要ないでしょうに。年いくつ」と聞かれ、32歳と答えると「ウチの次男坊と一緒だよ。
お父さんとお母さんは年いくつなの」と、なぜか精力剤の店で次から次へと家族の年齢を訊かれるはめになりました。さらに「出身はどこ。今はどこ住んでるの。家賃はいくら」とまるで何年かぶりに人と話したかのように、湧き水の如く質問攻めしてきました。家賃は7万と答えると「駄目だよ。高すぎる。熊谷行けば3万であるよ」とわけのわからないことを言われ、熊谷に引っ越すように諭されました。
「お客さんってどんな方が多いんですか。常連ですか?」と訊いてもそれには何も答えず、すぐにまた「熊谷だったら高崎線で1時間ちょっとだから」と話を逸らします。どうにか聞き出したのは「叔父の代から100年続いている店でバブルの頃は儲かって仕方なかった」ということぐらいで、とにかく現在の店の状況に関しては多くを語ろうとしませんでした。 ビールを飲み終え時計を見るとちょうど17時。何か買わなきゃと思い、一番安い「水ヒル」を頼んだのですが、
「あーそれ、入荷待ちなんだよ」とのこと。水ヒルの入荷待ちって何だろうと首を捻りつつ、シャッターを下ろすのを手伝ってから帰路に着きました。