知人のチンピラを使って店の不良在庫品をごっそりと盗ませ、保険金をちょろまかしていたのだ。一度に手にする額は数百万。最初のうちはそれで満足していたものの、やがて夢想するようになった。もっと大金を、それこそ数千万単位の金をパクるにはどうしたらいいのか。単純に頭に浮かんだのは火災保険だ。自分のゲームショップに火を放てば、がっぽりと金が入るのでは。しかしもし上手くいったとしても、店が焼失してしまえば今後の生活がなりたたなくなる。ダメダメ、却下だ。
思い悩むことしばし、斬新なアイディアが頭に降ってきた。いっそのこと放火用に新たな店舗を作るってのはどうだろう。これなら保険金をダマし取った後でも、今のゲー
ムショップは営業できる。では、新店舗の業種はどうすべきか。ゲームショップなら勝手がわかるだけに立ち上げも楽チンだが、放火を前提に考えるとナシな気がする。ゲームソフトなんていかにも燃えにくそうだ。となると、本屋あたりがベストか。紙ならじゃんじゃん燃えそうだし。いや、やっぱり難しい。書店を一から始めるノウハウも、教えてくれるツテもない。あきらめよう。燃えやすい商品を扱い、なおかつ俺でも簡単にはじめられる商売。あれこれ考えた末、最終的に辿り着いたのは、ビデオのレンタルショップだ。
平成11年当時、まだレンタルの主流だったVHSテープは(DVDへの移行が全国的
にはじまったのはその翌年あたりから)、テープ部分が紙よりも燃えやすい。条件にピッタリだ。また、レンタルショップは、準備がラクという条件も満たしている。付き合いのあるゲームソフトの卸業者がレンタルビデオの卸しも兼ねているのだ。念のため、その業者に質問してみたところ、レンタルビデオの仕入れ値は、新品の場合で1本3千円だが、同じ作品の中古ならたった十分の一の値段で購入できるという。てことは、店に並べるビデオの大半を中古で揃え、それを新品であるかのように仕入れ明細を改ざんしておけば…。業者の話では、1万本以上のビデオを取りそろえている店はザラにあるそうなので、仮に俺の店でも1万本用意した場合、実際の仕入れ値は300万なのに、保険会社から支払われるのは3千万。わお。
何だかイケそうな気がしてきたぞ。
他人に迷惑だけはかけたくない
腹が決まれば、お次は店舗探しだ。貸し物件を選ぶ条件として、次の4つを念頭に置いた。
1・周囲に建物がない
2・木造の平屋
3・過去、不審火が
4・夜間、周囲の人通りが減る
まず1を挙げたのは放火の際、犠牲者を出したくなかったからである。いくら悪人とはいえ、他人に迷惑をかけたくない気持ちくらいはある。保険会社は別としても。逃げ遅れた家人が焼死するなどといった事態は絶対に避けたい。
2は、鉄筋よりも燃えやすいから。さらに平屋にこだわるのは、先ほどの1と同じ理由だ。2階以上の建物だと、関係のない人まで巻き添えを食うかもしれない。
3と4は、早い話、放火のの疑いが俺におよぶ可能性を少しでも減らすのが目的だ。いかにも第三者による犯行と思わせねば。
以上の条件で不動産屋をかたっぱしから回ったところ、ようやく1軒、よさげなものが見つかった。郊外の国道沿いにポツンと建つ貸し店舗で、造りが鉄筋であることをのぞけば、残りの条件をすべて満たしている。木造でない点については多少の不安はあったものの、一番大事なのは店内のビデオをすべて焼失させることだ。大丈夫だろう、多分。かくして俺は、開店にむけての準備をはじめた。機材やビデオの購入(結局、1万2千本仕入れた)、内装工事、スタッフ募集などなど。もちろん、火災保険にばっちり加入し、その年の夏、ついにビデオ店は営業を開始する。
真っ赤な炎がごうごうと吹き出し
どうせ燃えてしまう運命でありながら、皮肉にも店の売り上げは順調だった。このまま続けていこうかと少し迷ったりもしたが、それでは当初の目的から外れる。予定どお
り、半年後の12月7日深夜、放火を決行することにした。実行役は、これまでの保険金サギで使っていた知人のチンピラに任せ、行きつけの飲み屋へ。アリバイ作りのためだ。首尾は上々だった。深夜3時ごろ、ビデオ店の店長から悲鳴のような電話があった。「大変です。店が火事に!」
現場へ駆けつけてみると、店の窓や出入り口から真っ赤な炎がごうごうと吹き出している。確実に店内のビデオは灰になっている。周到な準備のおかげで、警察や保険会社からはいっさい疑われることなく1カ月後、俺の口座に6千万の保険金が振り込まれた。そこから店の開店準備にかかった費用、実行役への報酬などを差し引くと、およそ3千万が手元に残ったことになる。
逮捕されたのは、それから2年後の平成13年11月のことだ。詳しい経緯は省くが、つまりは実行役のチンピラが俺を警察に売ったのである。ああ、こんなつまらない結末が待っていたなんて。そして懲役8年の刑を務め上げ、ようやくシャバに戻った。すべてを失った今、いまさらのように思う。こんなこと、絶対すべきじゃない。