※この話は創造作品です。実行すると罰せられます。
友人が自宅に忘れ物をしていった。
「刺青大図鑑」と書かれた本だ。
なんちゅう本を忘れてんじゃ。
「それ、いらんヤツやから捨てといて。図書館で借りパチしたヤツやから」
よう言うわ。まったく公共の本をパクるなんて迷惑なことを。これ、定価35000円もするやん。そうや、古本屋に売ったろ(笑)。
ちょっと待て。このままの状態で古本屋に持って行ってもマズいやろ。図書館のシールが貼ってるし、スタンプも押してある。借りパチしたのは一目瞭然や。以前『伊東家の食卓』で、柱に貼られたシールをドライヤーの熱風を当てて剥がす裏ワザを観た覚えがある。試してみよう。カバーにドライヤーの熱風を当て、端を爪ではがすと、みるみるうちに剥がれていく。やるやん伊東四朗。残るは最後のページに押してある図書館スタンプだ。これには「染み抜き剤」を使おう。コットンに吸わせてゆっくりスタンプの位置に押し当てる。何度か繰り返すと文字が滲み、黒っぽいシミになった。ま、こんなもんでええやろ。そいつを手に、近所の小さな古本屋へ。店主は痩せギスで薄幸そうな松金よね子似のおばちゃんだ。
「おばちゃん、刺青の本とか買ってくれる?」
「いける思うけど、ひとまず見せてもらいます。落丁がないかチェックしますんで」
よね子がページをめくっていく。シミのページで動きが止まった。ヤバい。
「2500円でいいか?」
え、買い取ってくれるの?翌日、オレは近所の図書館に走った。受付のオバちゃんによれば、身分証を提示して図書カードを作れば、月に最大6冊まで貸してくれるそうだ。
館内をうろついてみたが、どんな本が高く売れるのかさっぱりわからない。仕方ないので重厚な造りの昆虫図鑑や動物図鑑などを適当に6冊選ぶ。
自宅に戻り、同じ要領で図書館の証を消し、再びよね子の古本屋へ。
「また持ってきたんやけど」
よね子は前回以上に丹念に本を調べだした。スタンプのシミの部分に差し掛かると、チラチラとオレを見てくる。
「4500円でええかな」ああ、ええですよ」
「お兄ちゃん、いろんな本持ってるんやね?他にもあるん?」
「ありますよ。大学教授のオジさんに、ようさんもらったんで」 自分でも驚くほどナイスな嘘がスラスラ出る。
「へぇ〜そうなんや。そしたら美術本とかないんかな?その方が買い取りやすいんやけど」
「ああ、たぶんあると思うわ」
またもや図書館へ向かったオレだったが、大きな問題が。図書カードは1人につき一枚で最大6冊まで。前回の本を返してないからもう借りられへんやん!とそのとき、客と受付のおばちゃんとの会話が聞こえてきた。
「身分証、今日は何も持ってないんですよ」
「じゃ、水道やガスの請求書でもいいですよ。身分証の変わりになりますので」
なんだ、請求書だけで発行してもらえるなら、その辺のマンションのポストからいくらでも盗んでこれるやん。すぐさま自転車で隣町の市営団地へ行き、住人のフリしてポストから請求書を掻き集めてきた。そのうちの1枚を持って、隣町の図書館へ。
「あの、コレで図書カード発行してもらえますか?」
「大丈夫ですよ」
よし、向かうは美術本のコーナーだ。ゴッホ、シャガール、ようわからんけど、こんなんでええやろ。美術本を手にしたよね子は言った。
「兄ちゃん、次からはそのまま持ってきて」
そのままって、どういう意味?
「ええねん、もうわかってるから。あたし製本してキレイにできるから。スタンプもキレイに消せるし。だからそのまま持ってきて。定価の2割で買うわ」
よね子め、俺の手口は最初からお見通しだったのか。ならばなぜ通報しない?
思うに、この不景気、しかも客なんてロクに来ない古本屋のこと、いい儲けになる高価な本を持ち込まれれば、善意の第三者のフリをして買い取ったほうが賢明ってことだろう。全国の古本屋には、よね子以外にもそんな店主はおそらくいっぱいいるのでは?