埼玉北部・深谷駅から降りてすぐ、商店街の入口付近にある回転寿司『M寿司』だ。大手チェーンではなく、こじんまりと家族経営しているらしい。お昼どきの回転寿司屋に客がいないという驚きの光景のなか、婆さん店員にカウンターに通された。目の前のレーンを、まぐろやイカ、コハダなどが回っている。中に立つ大将は70才を超えているだろうか、温厚そうな表情だ。さて食うとしますか。まずはそうだな、
イカをいただき…。皿に手を伸ばしたところで大将が口を開いた。
「お客さん待った」
「はい?」
「まずは赤身から食べてちょうだい」
ふむ。本日のオススメなんだろうか。ではいただきます。
回っている赤身を手にとり、パクリ。うん。まぁ回転寿司ならこんなもんかな。では続いてイカを…。
「待った。次はね、ギョクを食べてみて」
「いや、イカを…」
「ダメダメ。順番ってものがあるんだから」
「タマゴはあんまり食べたくないんですけど」
「アレルギーとか?」
「違いますが」
「じゃあ食べて。ね、それがいいから」
穏やかな顔ながら口調は強めだ。どうやらこの店、食べる順番が決められてるらしい。どうなんだろうこれ。銀座あたりの高級店なら仰せに従うけれど、回転寿司ってのは食べたいもんを気兼ねなく食う場所じゃないのか? そのために回してんじゃないのか?
爺さんの言葉を無視してイカを取ってやろう。ほれ、パクっ。
「ダメだって! 次はギョクを食べてよ。順番があるんだから」
「いや、何から食べようが別にいいじゃないですか」「あのねえ、寿司には順番があるんだよ。イカはギョクの次に食べさせようと思ったんだから」
「…なんでですか。好きなように食べますよ」
流れているネギトロに手を伸ばしたところで、大将の声がさらに大きくなった。
「ダメ! じゃあギョクはいいからこれ食べて!」
ささっと巻物をつくり、差し出してきた。鉄火巻きだ。うわ〜、食べたくね〜。
「ネギトロが食べたいんですよ」
「ダメ! そんな油っこいものは後回しだよ! まずこれ食べて」
いっぱしの寿司屋ぶりたいのだろうけど、ここ回転寿司だしね。堅苦しいのがイヤで来るとこだからね。
「あの、なんで言われたとおりに食べなきゃいけないんですか? だったらいろんな寿司を回さなきゃいいのに」
「回転寿司なんだから回すでしょ」
なんじゃそりゃ。
「色んなネタが回ってんだから何を食べてもいいじゃないっすか」
「ダメ。オレの店なんだから。オレの言う順番で食べるのが一番オイシイんだから。次はサーモンね」
はぁ。むなしく回ってるエンガワやイクラは何のために存在してるのだろう。
「あの、エンガワ食べますよ」「だめ、次は中トロ出すからさ」
「いい加減にしてください。もう帰りますよ?」
「そうなの? どうぞご勝手に」
ジジイは意に介せず奥に引っ込んでいった。レジの婆さんも詫びの言葉ひとつなしだ。こんな方針なら『回転』の看板をはずせばいいのに。