みなさんはこんなシーンに出くわしたことはないだろうか。飲食店で店長らしき人物がバイト店員「さっさと運べ!」だの「何度も言わせなこのバカ!」などと怒鳴り散らしてる風景だ。
非はトロイ店員のほうにあるんだろう店長の怒りも正論なのかもしれないが、事中に目の前でこれをやられるとタマっもんじゃない。せっかくのメシがマズくるだろうに。
今回はそんな簡単なこともわかっていないダメ店主に文句を言ってやることにした。
午後3時。まず最初に向かったは茨城県水戸市のラーメン屋「R」だ。情報によれば国道50号線沿いのこの昔ながらの中華そばが結構な人気らしいしょっちゅう従業員を怒鳴っているそう。戸駅から徒歩15分。店内をガラスしに覗いてみれば、中途半端な時間のせか客はカウンターに座る二組だけだ。どどれ、店主は…。 あれ?なんかイメージ違うな。ずいんな老人っていうか、70才は過ぎてるだう。ハチマキを巻いた元ヤン風のオトコ想像していたのに、まさかあんなジイさがバイトを怒鳴ったりするわけ?
「いらっしゃいませ」
迎えてくれたのはこれまた70才オーバらしきバアさん店員だ。声は小さく、手動きだけで席を案内される。従業員はこの老人二人のみ。おそらく婦で営んでるのだろう。店内は他の客がーメンをすする音が響くのみで静かなもんだ。カウンターに腰を下ろし、お冷やを持てきたバアさんに中華そばを注文。バアさんそのまま調理場に戻り、小さく声をした。
「ソバ、ひとつです」
ジイさん店主は何も言わない。無言のまむくりと麺を取り出して茹ではじめた怒鳴るとするならその矛先はバアさんかいないわけだが、現在のところ、平穏1分、2分と時間が過ぎていく。
ところがいきなり店主がバアさんに向って声をあげた。
「てめえ、声小せえんだよ!」
ふあっ!?どうしたジイさん!ビックリするだろ!バアさんが下を向いたままで答える。
「すいません」
「いつも言ってるべ! もっとでかい声ださねーと聞こえねーんだよ! バカが!」
おいおい、ジイさん急にスイッチ入ったなぁ。夫婦ならもっと仲良くしろよ。その後もジイさんは麺を器にあげながら一人ごとのようにしゃべり続ける。
「ったく、何度も言わせやがって」
「使えねーなぁ」
「これだから客もこねえんだよ」バアさんはやはり「すいません」と繰り返すだけである。他の客はといえば、まったく意に介してない様子で麺をすすり続けている。
間もなくしてバアさんが出来上がった中華そばをテーブルに置いた。うん、ウマい。
煮干しの芳醇な香りと柚子の風味が口の中に広がる。いやー、絶品絶品。だが2口目を入れたところで、再びジイさん店主が発狂した。
「おまえ、客に出すときは『お待たせしました』だろうが! おんなじことを何度も言わせんな!」
「…すいません」
「ちゃんと話聞いてんのか?そういう接客だから客が減るんだろうが!おい、バカ!」
…ダメだ。もう黙ってられない。客が減ってるのだとすれば、間違いなくアンタの
暴言のせいですよ。
「あの、ちょっといいですか?」
二人がオレを見る。
「おじさん、客の目の前でそういうのやめてもらえない?メシがマズくなるって」
店主はオレに視線を合わせずに小さく声を出した。
「そういうのって何?」
「いや、客の前で従業員を怒るのをやめてほしいんですよ。気分悪くなるんで」
「…お客さんには関係ないでしょ。店のために教育してるんだから」
関係なくはないだろう。現に気分を害してるんだから。
「教育するのは別にいいですよ。でも客の前でやることないでしょ?こっちの気分はお構いなしですか?」
「いや、お客のためにコイツに言ってるんだから黙っててよ」
さっきまでのバアさんへのような威勢はなく、もっぱら下を向きながらぼそぼそ反論してくるばかりだ。パンチが効いてんのかな。
「教育ってのはわかりました。でもこうして気分を害する客はいるんです。たぶん僕
だけじゃないですよ。だから今後はやめてくれませんか?」
「お客さんに関係ないでしょ」
「いや…」
「悪いことは悪い。コイツがダメなことしたらきっちり言うから」
そのときだった。同じカウンターに座る中年男性客が声をあげた。
「大将、オレも前からそう思ってたのよ。お母さん可哀想じゃない。せめて普通にしゃべって注意してあげなよ」
店主は口をつぐんだ。まるで聞こえなかったかのように調理場を出て、裏にひっこんでいく。残ったバアさんもうつむいたままで動かない。この方も、こんな調子で長年連れ添ってきたのかと思うと気の毒でならない。夫婦にはいろんな形があるものだ。ラーメンを食べ終えたが店主はまだ戻ってこない。消化不良だけどもう帰るか。
会計を終えたそのとき。
ガラガラ。
奥の戸から店主があらわれた。
「お客さん早く帰ってくれ」
「は?当たり前のことを言っただけなんだけど」
「オレはずっとこうやって店やってきてんだよ。コイツには怒るところは怒る」
「だから、メシがマズくなるから客の前でやるなって言ってるんですって」
「いいから、早く帰れ」
「今後はやめてくださいね!」
当然、返事はなかった。