会話のタネ!雑学トリビア

裏モノJAPAN監修・会話のネタに雑学や豆知識や無駄な知識を集めました

異常なほど感情の振り幅が激しい男はまっとうな社会生活を送れているのだろうか

兵庫県議員野々村氏は記者から厳しい追求を受けるうち、突然、泣きじゃくり絶叫した前代未聞の会見。カメラの前であれほどの醜態をさらせば、日本中が仰天し失笑するのも当然である。 
 週刊誌の記事によれば、中学時代、彼は周囲から『発作マン』と呼ばれていたそうだ。皆さんも遠く中学時代を振り返っていただきたい。発作マンと呼ばれていた、ある
いはそれに類するアダ名をつけられていた生徒が学年に一人はいなかったろうか。
 そして、ある一人の発作マンが成長し、あの野々村議員になったと聞いてこうは思わないだろうか。自分たちの同級生だった発作マンは、現在まっとうな社会生活を送れているのだろうか、と。おれの小中学時代の同級生にも発作マンが一人いた。その男、香川正男(仮名37才)とは、小学校で2回、中学で1回、クラスが同じだった。
 親しい友人ではなかったので、おれが香川について知っているのは、あくまで教室内での表面的なことだけだ。
成績はそこそこで、スポーツはからっきし。目が特徴的につり上がっていて、性格はどちかというと無口。オカシイのはそんなキャラにも関わらず、好きになった女に対しては脇目も振らず突進していくことで、衆人環視の中で告白してはフラれ、しつこくしてはキモがられ、という行動を何度も繰り返していた。
 そして鮮明に記憶しているのは、ヤツの発作エピソードだ。
小学校のころは、ウソを級友に見破られて逆上し、トイレに3時間も籠城した。
中学の席替えのときは、好きな女子の隣になれなかったことで担任を罵り、ビンタを食らってしかられると、泣いて教室を飛び出していった。
 とりわけ印象深いのは、中学で流行った〝香川爆弾〞だろうか。わざと黒板消しを頭に投げつけて香川を怒らせるというものなのだが、ヤツの場合、黒板消しを投げた本人はもとより、無関係の生徒にまでホウキを持って襲いかかるため、教室中がパニックと化すのだ。そしてもうひとつ、香川には変わった性質があった。当時、ヤツはハウンドドッグの熱狂的なファンで、どんなに怒り狂った状態でもそのバンドの話題を振られるとケロリと機嫌が治ったのだ。
 とにかく異常なほど感情の振り幅が激しい男。それが香川だった。あれから20 数年、あいつは今ちゃんと生活できているのだろうか。野々村議員のような厄介な人間になっていないだろうか。香川が今も実家で両親と暮らしていることはわかっている。結婚もまだだそうだ。さて、どうやってヤツを誘い出そうか。元クラスメイトとはいえ特別親しかったわけではなく、むしろ他の連中と一緒にからかう側の人間だったおれである。もしかしたら今だにそのことを恨まれているかもしれないし、そもそも中学卒業以来ヤツとの接点はまったくないのだ。そんな男がいきなり電話をかけても怪しまれるだけだろう。
考えた末、地元在住の友人Yに協力を要請した。自宅が近所同士で、今でも年に1、2回香川と飲む機会があるというYの呼び出しなら香川も気安く応じるに違いない。で、そこにたまたま帰省したおれも飲み会に参加するという体だ。
 さっそくYから連絡があった。
「香川、来週の木曜日なら時間が取れるってよ。菅原も一緒に行くって言ったら『ふ
うん』だって」
 その様子なら特にわだかまりはないと見ていいな。よしよし。
「ただあいつ、朝7時から合流しようとか言ってるんだけど」
「はあ? 7時?」
「なんか、夕方には布団に入りたいんだってさ。どうする?」
 背中がゾゾッとした。早朝の7時にアポろうとする大人。マトモではない。
「いいよ、7時で。ただそれだと酒を飲む感じでもないな」
「適当にメシ食ったり遊びに行けばいいんじゃね?」
迎えた当日、午前7時。眠い目をこすりながらYの実家前に足を運ぶと、軒先に見覚えのある男が所在なさげに立っていた。特徴的なツリ目は間違いない、香川だ。
「おはよー。香川だよね?」
「おお、菅原。久しぶり〜」
「元気にしてた?」

「おお、元気元気! そっちも元気そうだな。いやぁ懐かしい〜」
 交わした握手が力強い。こいつ、こんな社交的だったっけ?ひとまず朝メシでも食おうと、近場のファミレスへいくことになった。Yは自分のバイクに、おれは香川の軽トラの助手席へ乗り込む。と、その時、運転席から乱暴な声が。
「ちょっと、おいぃぃ! 土足厳禁だバカ!おら!靴を脱げってんだよ!」
 運転席の香川が険しい顔で睨んでいる。
 え?
が、次の瞬間には泣いてるような困ったような複雑な表情に変化していた。どうやら必死に作り笑顔を浮かべているらしい。
「いやぁ〜、でかい声だしてゴメリンチョ。一応こんな車でも大事に乗ってるからさ」
わざとらしいオドケぶりがイタいが、一方でおれは少なからず感心していた。昔の香川なら、あのまま一気にギアがトップになって暴れだしていたハズだ。少しは成長したってか? もっとも、こんなオンボロの軽トラを土足禁止にするとか、その思考回路はナゾだけど。
 ファミレスでは昔話に花を咲かせつつ、香川の現状を探った。
「いま仕事は何してんの?」
「病院の食堂でメシ作ってる」
「へえ。もう長いの?」
「まだ2年弱かな。今まで5回以上は転職してるから」
 その経緯は、いかにも香川らしかった。
高校卒業後、地元を離れた香川は、中部地方の私大を卒業し某メーカーに就職、しばらくは営業マンとしてバリバリ働いていた。が、入社3年目に、やらかしてしまう。後輩社員への指導が厳しすぎると上司に注意されて憤慨し、上司を口汚く罵って無断欠勤を続けた挙げ句にクビになったという。
その後、サラ金、運送会社、うどん屋など職を転々とするも、行く先々でトラブルを起こしては解雇されを繰りかえしてきたらしい。一度など女性社員に思いっきり平手打ちをかまし、あわや逮捕寸前になったこともあったそうだ。
「転職してしばらくは短気を起こさないように気をつけてるんだけど、やっぱり油断
するとつい…」
このままではイカンと、一時期はセラピーにも通い、気持ちが大らかになる話し方などを教わったりもしたという。結果、多少のコミュニケーション能力は上がったものの感情の爆発を完璧に抑えるまでには至ってないそうだ。
間もなく、注文した料理がテーブルに運ばれてきた。香川はウエイトレスをジーッと凝視している。なんだ?
 女性店員が下がったところで尋ねてみる。
「どうかしたのか?」
「いや、あの店員さんすごくカワイくなかった?」
「そうか?」
30過ぎのもっさいオバサンにしか見えなかったけど。
「いやいや、カワイイって。よし、ちょっと行ってくるわ」
 言うや否や席を立つ香川。その様子に一抹の不安を覚え、おれも後から続く。
 前方をちょこまかと歩くウエイトレスを香川が呼び止めた。
「ちょっとちょっと」
「はい?」
「今いくつ? 彼氏とかいる?」
「はい?」
「なんかカワイイよね〜。連絡先、交換しない?」
気になった女に躊躇なく近づき、一方的に好意を告げる姿勢は中学のころと何も変わってない。そして、その相手からは必ず嫌悪されるところも。
ウエイトレスの怯えた視線が香川に向けられる。「あの、仕事中なんで…。もうよろしいでしょうか?」
「じゃ仕事終わったら話せる?」
 やがて、見かねた男性スタッフが飛んできた。
「あのう、お客様。他の方の迷惑になりますのでちょっと控えていただけませんか?」
イヤな予感がした。これって香川が大激怒する流れでは? お得意の逆切れがおっぱじまったらエラいことになるぞ。しかしそうはならなかった。
「あ、すいません」
 男性店員にぺこりと頭を下げ、香川はそそくさと引き下がったのだ。あれ?
「よく怒らなかったな」
 素直な感想を口にすると、ヤツは呆れたように答えた。
「あのなぁ、菅原。こんなことでいちいち怒ってたら、人間、生きていけないよ」
 ほう、成長したんだな。
昼過ぎ。ヤボ用があるというYと別れ、香川と2人でドライブに出かけた。海岸脇の道路に、真夏の日差しがギラギラと降り注ぐ。信号待ちの間、タバコに火を点けようとした香川がライターをうっかりシートの隙間に落とした。
「あ、なんだよ、くそ」
 ごそごそやっているうちに信号は青になり、すぐに後続の車からクラクションが。
 ビ、ビ。
「おい、香川。青だぞ」
「わかってる」
そう言いつつも、なかなかライター探しを止めようとしない。再び、クラクションが鳴った。
 ビー!
「そんなのあとで探せよ。後ろつかえてるぞ」
 ビビー!
 三度目のクラクションが鳴った、まさにその直後だった。
「うるせー! くっそぉ!」
突如絶叫しながら、香川が車を急発進させたのだ。のみならず、自分も狂ったようにクラクションを鳴らし、前方の車を煽りだす。
 ビービビビ! ビー!
「くそ、カッペが。どけどけ! どけや!」
ムチャクチャである。後方の車に怒るならまだしも、関係ない車に八つ当たりするなんて。幸い、発作はすぐ鎮火した。思う存分クラクションを鳴らして、いくらかスッキリしたようだ。
 やがて車は海岸沿いから市街地へ入った。
「なんかヒマだなぁ」
「チッ、ノロいな前の車。何チンタラしてんだよ」
「なあ香川、聞いてる? この辺にどっか遊ぶとこないの?」
「チッ、うるさいな。そんなの自分で探せよ!」
 どうやらまだ完全にイライラが治ったわけではないようだ。ふーむ…。
 そんな折、バッティングセンターの看板が目に止まった。こいつはちょうどいい。
「なあ、ちょっと遊んでかない? スカッとするぜ」
 とっさの提案に香川が食いつく。
「お、いいね。俺さ、130キロ打てるよ」
「マジで?」
 信じられん。キミ、ドのつく運動オンチじゃん。
「マジマジ。大学の時、バッティングセンターにハマってたから」
「んじゃ見せてよ」
「いいよ、驚くなよ」
車を停め、店内へ。香川が自信満々の顔で速球用の打席に入った。球速を130キロ、球種をストレートに設定してバットを構える。間もなくピッチングマシーンから唸るようなボールが発射された。
 ブンッ!
 完全な振り遅れだ。しかもそのへっぴり腰はどうなのよ。
「うるさいな、ウォーミングアップだよ」
 続く第2球。
「おりゃ!」
 これまたひどい空振りだ。
「かすりもしないじゃん!」
「チッ、黙ってろって!」
後も香川は空振りを量産した。そのうち表情はだんだんと険しくなり、バットが空を切るたびに悲痛な叫びが。
「あ、くそぉ!」
 そしてラスト20球目も空振りに終わると、香川は力なく呟いた。
「打てねえよぉ……」
 その直後だった。
「あああ! くそくそくそ!」
いきなり絶叫したかと思うと、クッションマットをバットで殴りつけたのだ。何度も何度も。
「球が! 球が! 速えんだよぉぉ〜! あああ!」
 「謝ってんだろうがぁ!常識あるしぃぃ! あああ 」
 香川の発作が鎮まってから、ふたたびドライブへ。
 が、車を走らせてすぐ、ヤツが思い出したように口を開く。
「ねえ、そこのマックに入らない? ちょっと一服しようよ」
「いいけど駐車場いっぱいだよ」
「あそこに停めればいいじゃん」
ヤツの視線の先、マックから3軒ほど隣に駐車場があった。飲食店の専用パーキングのようだが、ガラガラだし、ちょっと停めるだけだから平気っしょ。車を停めてマックへ。クーラーの冷気が汗ばんだ体をひんやりと包む。ずっとエアコンが効かないボロトラックに乗っていただけに、快感もひとしおだ。涼しい〜。
「ああ、生き返るわ。おまえの車、全然クーラー効かないんだもん」
「は? 効くでしょ。ちゃんと風出てたじゃん」
「ぬるい風じゃん」
「ぬるくないでしょ?」
「いやいや、ぬるいから汗だくになってるんじゃん。ほら」
 ドン!
香川が思い切りテーブルを叩いた。あれ、なんかツリ目の角度がさらに5度ほど上がっているような…。まさか今のでスイッチが?
「ちょっとぉぉぉ! 車のクーラー、ちゃんと効いてたでしょうが〜!」
「え…」「効いてたでしょうがー!!」
 文字にすると丁寧語だが、完全なる怒鳴り声だ。ヤバイよこりゃ。
 そうだ、こんなときこそあの呪文を唱えるんだ。
「まあまあ。ところでさ、昔ハウンドドッグ好きだったろ? おまえ今でもファンな
の?」
「……おいおい、懐かしいこと覚えてるねぇ」
なんと一瞬前まで野犬のようにノドを鳴らしていた男が、にんまりと笑みを浮かべている。どうなってんだよ、コイツの脳ミソは。
「いやあ、でも実は解散してからあんまり聴いてないのよ。やっぱり初代ギタリスト
の……」
ハウンドドッグ講義が小一時間ほど続いた後、おれたちはマックを出た。もう十分だ。ここらで解散するとしようか。見知らぬ男が近寄ってきたのは、駐車場に停めた軽トラに乗り込む寸前のことだった。
「ちょっと困るんだよ、勝手にウチの駐車場使っちゃ」
白い割烹着姿からして、無断駐車した店の店員のようだ。かなりご立腹のようで目がやけに険しい。香川は素直に謝った。
「すいません、マックの駐車場が一杯だったもので」
「そんなの理由になんないよ。常識ってものがないのか?」
 スッと、香川の顔色が変わった。
「だから謝ってんだろうがぁ! 常識あるしぃぃ! あああ!?」
 あ〜あ、また壊れちゃったよ…。「ナニ逆切れしてんだよ。バカかおまえ」
「バカじゃねぇぇよぉぉぉ、おまえがバカァァァ!」
ハウンドドッグの呪文で場を収めたいところだが、2人の応酬がなかなか途切れないためタイミングが掴みにくい。結局、店員は自力で香川の怒りを静め、謝罪までさせた。彼が呆れ顔で「警察呼ぶぞ」と言った途端、香川が狼狽したのだ。
「あ、いや、ついカッとなってしまって…。どうもすいませんでした。申し訳ございま
せん!」
卑屈な笑顔を浮かべてペコペコと頭を下げる香川。ヤツの生活ってこういうことが日常的に起きるんだろうか。だとしたらこんなにシンドイ人生もないな。