会話のタネ!雑学トリビア

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日雇い労働者が集う町の食堂

あしたのジョー」の第一巻は東京のドヤ街と少年院の悲惨な日常が延々と描かれており一体いつになったらボクシングが始まるんだと思いつつ、幼心に「こんなドヤ街に関わる人生には絶対なるまい」と強く誓ったはずでしたが、そのドヤ街へ今日こうしてやってくる羽目になったのであります。
 いわゆる日雇い労働者が集うこの町の雰囲気は独特であり、やはり一風変わった飲食店が多いようです。寂れ切った商店街の片隅では深夜の労働から解放されたオッサン達
が地べたに胡坐をかいて昼間からワンカップで宴会をしており、その一帯はアルコールと小便と汗が交ざったまろやかな香りが漂っていました。
 少年野球をやっているグラウンドの横の公園ではその少年野球チームの倍近い人数のホームレスが金網越しに野球を観戦。脇には段ボールが高々と積み重なり、まるで上田
城を彷彿とさせる鉄壁の牙城が築かれています。
 横断歩道を渡った反対側の店の前には20人程のオッサンがお釈迦様のポーズで佇んでいるので何事かと近づくと全員一本ずつ焼き鳥とワンカップを握り締めていました。同じような呑み屋が10軒ほど連なり賑やかではありますが、そこから一歩脇道に入ると閑静な住宅街が広がっています。その先の角にあるのが今回の目的の寂れたカレー屋です。暖簾が捲れあがっており一見どんな店なのか皆目見当がつかない有様ですが、窓際に小さく手書きで
「カツカレー・中華そば」などと記された紙が貼られていました。
 さっそく閉まりの悪いドアをガラガラと開け店内に入るとちょうど目の前に80歳過ぎの婆様が煙草を咥えながらスポニチを読んでいました。一瞬場外馬券売り場と間違えた
のかと思いましたが、婆様は競馬ではなく相撲の記事を熱心に熟読しています。
 こちらにようやく気付いたかと思うといきなり「カツカレー?」と訊いてきたので、どうやらカツカレーがこの店の名物のようです。しかし真っ黒に日焼けした壁のメニューには中華そばやワンタンメン、味噌ラーメンなど麺類も充実しているので客の威厳を示す意味でも「ちょっと考えるのでとりあえずビールを」と告げました。そして婆様が「ビール!」と叫ぶと奥の厨房から同じく80歳ほどの爺様がビール瓶を持ってヨロヨロと現れました。
 ビールで一息つきながら店内を見渡すと婆様の足元の段ボールの中に巨大なネコが丸まっているのを発見しました。見たことがないほど巨大なそのネコはのっそりと起き上がると店内を縦横無尽に徘徊し始めました。婆様は巨大ネコを優しく撫でたり時には顔を近づけたりと愛情たっぷりなのは良いのですが飲食店の衛生的にどうなんだろうか
と思わず保健所に問い合わせそうになりました。
 シーンと静まった店内には巨大ネコの足音だけが響いており、ついにその沈黙に耐えかねて巨大ネコについて婆様に質問したのが間違いでした。体重は8〜10キロを行ったり来たりしてること、13年間飼っていること、近所でも人気者なこと、クーラーが嫌いなことなどを我が子の如くデレデレしながら巨大ネコについて語り出し、婆様のマシンガントークは止まらなくなりました。
 真意のほどは定かではありませんが「一昨日もこのネコを売ってほしいという電話があった。もちろん断った」と話のスケールがやけに大きくなってきたので、話を一旦中断するためにカツカレーを注文しました。
 婆様が再び「カツカレー!」と雄叫びのように叫ぶとしばらくして爺様が奥の厨房からカツカレーを慎重に持ってヨロヨロと現れました。婆様は先ほど巨大ネコを触った手
でガッチリとスプーンを握り締めて渡してくれました。カツの脂身がやや多いもののカレー全体の味はなかなか美味くボリュームもたっぷりでした。
 婆様は再び新聞を読んでいたのですがどうやら偶々その中にネコに関する記事を発見したらしく厨房から包丁を持ってきたかと思うと、おもむろにそのネコの記事を包丁で切り抜く作業を開始しました。
 結局ビール、カツカレーと食して40分ほど滞在した間に来客はゼロ。ドヤ街のオッサン達をも寄せ付けない何かがこの店にはあるのかも知れません。会計を済ませ巨大ネコの写真を色々と見せられた末にようやく解放となり店をあとにしました。グラウンドからは少年野球のカキーンという音とホームレスの歓声が上がっていました。