会話のタネ!雑学トリビア

裏モノJAPAN監修・会話のネタに雑学や豆知識や無駄な知識を集めました

商店街の儲かってなさそうな洋服屋が営業を続けられる理由

みなさんの町にもあるだろう、客の入ってる様子がこれっぽっちもない婦人服屋が。50過ぎのババア店主が、日がな退屈そうにしているあの光景、実に不思議ではないか。
あの人たちはいったいどうやってメシを食っているのか。そもそも、なぜ服屋なのか。なぜあんなにセンスのない服を扱うのか。調査すべきことは山ほどある。
まずは埼玉の片田舎にある該当店に向かった。
店頭には舞台衣装のようなギラギラした洋服が出されており、いきなりセンスのなさをアピールしてくれている。
しばらく遠巻きに店を眺めるも、客の出入りは一切なく、ずいぶん 静かなものだ。
いざ店内へ。ところ狭しと洋服が並べられており、歩くのも一苦労だ。夏物セールをやっているようでいたるところに札が張ってある。と、奥から声が。
「いらっしゃい。どんなものをお探しかしら?」
出てきたのは売れない演歌歌手のようなオバハンだ。スタスタと近づいてくる。
「あ、えっと…」
「もしかしてお母さんにプレゼントとか?」
「うん、まあそんな感じです」
「ならこれなんかどう? すごい格好いいでしょ」
かけてあった服から一枚を取り 出すバアサン。豹柄が一面を覆い、さらに真ん中にも豹がプリントさ れた斬新なデザインのシャツだ。
「うーん。あ、ところでこのお店、お客さんってけっこう入ってるんですか?」
「ん? どういうこと?」
バアサンの目が一瞬にして鋭くなる。
「あの、ボクも洋服屋をやりたいなって考えてて」
「あらそう、若いのにエライわ」
「いえいえ。このへんで店を出したいんですけど、ぶっちゃけお客さん、入るのかなって…」
バアサンは一呼吸おき、きっぱりと答えた。
「入らないわよ。ぜんぜんダメ」
「そうなんですか。でもこのお店はずっと前からありますよね?」
「まあね。色々とあるわけよ」 いろいろってなんだよ、含みな
んて持たせちゃってさ。
「あのねえ、ワタシはこのお店のオーナーじゃないわけ」
「はい」
「オーナーはワタシの昔からの知り合いで不動産屋をやってるんだけどね、その人がお金を出してるわけなのよ」
「なるほど」
「で、ワタシは店長ね」
「そうなんですか。でも客が入らなければオーナーさんも怒るんじゃないですか?」
「ふふふ。いいみたいよ。ワタシたちはデキてるからさ」
元々このバアサンはスナックで働いていたのだが、そのとき客としてやってきたのが、この店の現オーナーだそうだ。
10年ほど前にその彼が「スナックをやめてオレの元で働けばいい」と持ちかけ、店の場所からなにやら、開店までのすべてを準備してくれたらしい。
「ワタシに惚れこんでるわけよね。目の届く場所に置いておきたかっ たんじゃない?」
つまり愛人に店を持たせたってことだ。
ある程度この答えは想像していた。雇われ店長だろうとも思っていた。
しかし解せないのは、こんなババアを愛人にする金持ちがいるという事実だ。全国のこの種の店と同じ数だけ、物好きな男がいるというのか。
「まあ、ここは税金対策らしいからね」
バアさんは言う。オーナー氏の本業である不動産屋は非常に儲かっているらしく、税金をたくさん納めなければならない。バアサンの店は不動産屋事業のひとつとなっており、赤字を垂れ流していればそのぶん本体(不動産屋)が払うべき税金を減らせるのだと。
これ、オーナー氏側から考えれば、まず最初に税金対策の必要が生じて、その店番をさせる便利な人間として、ババアを利用したのだとも取れる。肉欲に溺れているフリをしながら、体よく使っているだけ。それならばこの仕組みは理解できる。バアサンはひときわギラギラしたドレスを手にした。
「これなんて3万で売ってるんだけどさ、原価は安いのよ。ワタシが3万で売れると思って仕入れたんだけどね、たまに売れたらやっぱり嬉しいわけ」
このような些細なヤル気で店番をやり続けてもらうためにも、多少なりともバアさんの関心がある
婦人服というジャンルは便利なのだろう。
続いて出向いたのは都内下町のお店だ。雑居ビルの一階に店舗が入っており、やはりというか、まるで人の気配がない。品揃えのノーセンスぶりに恐ろしいほどの既視感をおぼえる。
奥のイスにおばちゃんがどーんと座ってテレビを眺めていた。
「あの、すいません」
「はいはい。ん? お母さんにプレゼントかい?」
さっきも聞かれたぞ。やはり若い男の客なんて珍しいのだろう。
「つかぬことをお伺いしますが、ここで店をやっててお客さんは来ます? ボクも店をやろうと思ってて」
「そうかそうか。まあ、お客は正直少ないねぇ」
「でもこちらは長く続けてらっしゃるんですよね?」
「うん、まあね」
「てことは儲かってるんじゃないですか?」
「儲けちゃいないよ。趣味みたいなものだから」
このおばちゃんは愛人どうのこうのではなく、なんとこのビルの持ち主なのだそうだ。
「家賃が毎月入ってくるからね、 別に食うのに困りゃしないんだよ。服屋はアタシが昔からやりたかっ ただけ。利益なんてないけど楽し いからやってるの」
まさに趣味オンリー。文化祭の模擬店よりもお気楽な商売だ。
「これでも大口の顧客ってのはいるのよ。近所のスナックとかさ、カラオケ喫茶の衣装なんかをまとめて発注してくれるから」といってもその売り上げで食ってるわけじゃないから、やっぱり趣味の域は出ていない。誰かにテナントを貸して家賃収入を増やせばいいのに。ま、他人の趣味をどうこう言うつもりはないけど。
儲からなくても大丈夫なカラク リはわかったけれど、税金対策だ ろうと趣味だろうと、どうしても っとマシな服を扱わないのだろう か。儲かっちゃうと困るのならば、安値を付ければいいわけだし、な により客が入ったほうがバアさん たちも張り合いがあるだろう。
その疑問は、先ほどの店が洋服を仕入れているという、東京馬喰町の卸問屋が解決してくれた。
なぜ町の婦人服屋はどこも同じようなラインナップなのかと質問したところ、なんとあの手の店の大半は、ここともう一軒の問屋のどちらかから商品を仕入れているというのだ。
「ミセス服だとウチかそこかって とこですね。ウチは商品も安いで すし、手続きも店内写真と申込書 をもらうだけですぐ済みますから、お店をやるんだったらすぐお取引 できますよ。いかがですか?」
今すぐにでも取り引きできそう な勢いだ。これなら形だけの店舗 で税金対策するときも、暇つぶし の趣味で始めるときも便利だし、 問屋が二択にしぼられている以上、どこも同じような服が並ぶのは当 然だ。