会話のタネ!雑学トリビア

裏モノJAPAN監修・会話のネタに雑学や豆知識や無駄な知識を集めました

スリ犯に聞いた、再犯を繰り返してしまう理由

スリは〝職業〞だと言われる。他の犯罪が単発的に行われがちなのに対し、スリはまるで勤め人のように、継続的に繰り返されるためだ。スリ人生20年。30〜40代のすべての糧をこの職で得てきた男に、業界の全貌を語ってもらおう。我々市民にとって防犯の一助になるはずだ。

とにかくカネがなかった。鳶や建築関係の仕事を転々としながら20代を過ごし、いよいよ大台の30になっても、まだカネがなかった。スリに手を染めたのは、だからだとしか
言い様がない。 31才のその夜、ようやくありつけたばかりの建築現場の先輩から「ちょっと付き合えよ」と誘われた。ほど近い飲み屋街に二人で出向く。酔客や学生が歩いてる薄暗い通りだ。
「ここでスリやるから、お前にも教えてやるよ」
この誘いがなければ、そして「はい」と返事していなければ、後のオレの人生はあったのかどうか。それほど重大な一夜だった。オレは素直に〝指導〞を受けた。スリがポケットから財布を抜く流れだ。
① 一人で歩くサラリーマンを発見したら尾行し、背後から観察
② 財布の位置を確認。ズボンの尻ポケッが膨らんでいればほぼ財布に間違いない
③ 後ろから派手にタックルをかます
④ 上から覆いかぶさる形でポケットから財布を抜く
⑤ ただぶつかっただけのようなフリで逃げ去る
通称〝ぶつかり〞と呼ばれる手法だ。30分ほど先輩相手に練習し、いよいよ実践。フラフラ千鳥足の男を見つけて近づいていく。よし、ポケットが膨らんでいる。距離をつめ、心の中で3カウントを数えてからぶつかった。ドン。男が倒れる。その間に、右後ろのズボンポケットから財布を取り出し、上着ポケットに隠した。先輩の教えによれば、ここでは謝罪などしてはならない。
「こら酔っ払い、邪魔なんだよ!」
「すいません」
すごむオレを見て男は逃げ去った。脅すことによって、男の意識は恐怖へ向かい、財布のことなど頭から抜けきってしまうのだ。今でも初仕事の給料は覚えている。7千円。当時の日給をわずか数分の間で稼いだことになる。この〝ぶつかり〞は遥か昔から存在するベタなスリ方法で、現在でもやっている人間は多い。狙われるのは、カネを持っているであろう40代以上の男だ。男は財布をズボンの後ろポケットに入れているのでわかりやすい。酔っ払った一人歩きなんてのは一番のカモだ。逆に女は狙われない。持っている額がオトコに比べて少ないし、ぶつかったときに大声で叫ばれるおそれも大きいためだ。その夜からスリとしての人生が始まり、以来20年。飲み屋街でのぶつかりだけでなく、あらゆる場所で他人様の財布をちょうだいしてきた。
 が、いま現在は足を洗っている。それが贖罪になるとはゆめゆめ思ってはいないが、元犯罪者としての立場から、スリの手口を伝えておくとしよう。我々が出没する場所は、まず言わずと知れた満員電車だ。平日の朝7時ごろ、郊外から都内に向かう上り電車が狙われる。混雑に身をまかせながらまわりの男の尻に手を這わせる。財布の感触を見つけたら必死にそいつの背後位置をキープだ。だがすぐには抜かない。万が一バレたときに逃げ場がないからだ。電車が駅に到着し、ドアが空く直前、乗客たちが動きはじめたタイミングで財布を一気に抜き、一目散にドアを目指す。ごちゃごちゃした中でターゲットの注意は散漫になり、たとえ気づいたとしても犯人の特定は難しい。このように抜いては降り、乗っては抜くを続けると、毎朝5〜10件ほどはいけるだろうか。電車では女も狙う。OLや学生などは十中八九カバンに財布を入れてるので、直接手を突っ込んで盗るだけだ。口が開いたカバンなんてのは「スッてください」と言ってるようなものだ。他にも週末深夜の駅周辺で酔いつぶれてる人間を狙う『介抱ドロ』や、花火大会や祭りの人混み、競馬場や野球場(入退場の混雑時)などのスポットがスリの猟場だ。実感では、夏よりも冬のほうがやりやすい。夏のズボンは汗で湿り、ポケットに財布が引っかかって、抜きにくいからだ。
 冬は財布に入れてる金額も夏に比べて多い傾向がある。11月〜1月の前半までは特に顕著で、何かと入り用のため財布が膨らんでいるものだ。仕事の度にたまっていく財布はいったん自宅に持ち帰り、ある程度たまったら山で燃やして処分していた。カネを抜いてすぐ駅やコンビニのゴミ箱に捨てていた時期もあったが、昨今の監視カメラまみれの街でそんなことをしてたら、どこから悪行がバレるかわかったもんじゃない。
 オレが抜いていたのは現金だけだが、キャッシュカードやクレカ、免許証などの一式をカネに替える者もいる。地元のヤクザ連中に売って小遣い稼ぎしているのだろう。月収はばらつきがあるものの、およそ20万〜30万程度か。職業スリの中には倍以上稼ぐ者もいるが、連中は寝る間も惜しんで様々な場所に繰り出すため、逮捕のリスクが高い。さすがにオレもそこまではやる気がなかった。オレも逮捕された経験が4回ある。3回はムショにも入った。最初の逮捕はスリをはじめて3年ほど経ったころだった。飲み屋街でその日何度めかのぶつかりをやったとき、男にタックルした瞬間、カラダの上に数人が乗りかかってきた。
「おら、現行犯だ! 観念しろ!」
私服警官だ。なんでも付近のスリ被害が増えたことで張り込みされていたらしい。スリ(窃盗罪)の初犯はまず間違いなく執行猶予がつく。罰金20〜30万程度で一件落着だ(余罪が認められたら実刑をくらうこともある)。だが以降はそうもいかない。
35才のころの逮捕では、前科持ちのうえ常習ということで1年8ヶ月の塀暮らしを余儀なくされた。また出所して2年後には二度目、さらに45才のころにも三度目の実刑をくらった。出てくるたびにスリ稼業など止めようと思うのだが、染みついてしまった感覚から離れるのは難しい。再犯を繰り返してしまうのは、ムショで同業者からヒントを得られてしまうからだという理由もある。
「カッターでポケット切っちゃえば簡単だよ」
「始発電車ほど簡単に抜ける場所はないよ」
なまじっかそんなコツを聞いてしまうもんだから、出所後に試してみたくなるのだ。
刑務所で仲良くなった同業者と、出所後に連絡を取って一緒に動くこともある。オレの場合、二度目のムショ暮らしで知り合った男と長年パートナーを組んでいた。我々がやっていたのは〝オトリ〞なる手法だ。一人が缶コーヒーを持ってターゲットにわざとぶつかり、自分自身にコーヒーをぶちまけ、あたふたしてる間にもう一人がカバンやズボンから財布を抜く。相方にはもっぱらオトリ役をやってもらった。「どうしてくれんだ!」と揉めて混乱させる空気づくりが秀逸だったからだ。
 一度オレが下手をこいたときの動きも素晴らしかった。財布を抜いた拍子に地面に
落としてしまったとき、すかさずヤツがオレに蹴りをくらわせたのだ。
「オラ、お前なにやってんだ! ケーサツいくぞ! !」
善意の市民を装って俺をターゲットから引き離していったのだ。なんて機転が利くオトコなんだと感心したものだ。このようにチームで行動するスリ連中もいるにはいるが、大半は単独だ。そして現場でかちあうとまず間違いなく揉める。同業者かどうかなど、行動を見ていれば一目瞭然で、不自然に男の尻ばかりを見ていたり、すれ違った人間のカバンを覗いている姿ですぐにわかる。で、お互いの存在に気づくと揉めごとが
起こる。「オラ、どこで仕事しようとしてんだ!」とヤカラばりに絡んでくる者や、いざスろうとしたとき露骨にぶつかってきて邪魔する者など。連中も獲物を横取りされてはメシが食えないのだから必死だ。また、スリの風上にも置けないのは、チクリをいれる奴だ。なんだかんだでお互い様なのだから、普通は当事者同士の揉め事だけで話は終わるものだが、シマ荒らしがよほど憎いのか、わざわざ被害者や周囲に報告して警察沙汰にしようとする者がいるのだ。一度、花火大会の会場で千鳥足の女二人組を発見し、後ろから追い越す形でカバンの財布に手をかけたときに、これをやられたことがある。
「スリだ! !スリがいるぞ! !」
男の声に驚き、慌ててトイレに逃げ込んで事なきを得たが、再びさきほどの通りに戻ったところで同じ男から声をかけられた。
「おう、テメー、人のシマでなにやってんだ。次やったらポリ呼んでくっからな」
この白髪交じりの爺さんが同業者であることはすぐにわかった。以前から何度も現場でかちあっているので覚えがある。それにしても騒ぎになれば自分の仕事もやりづらくなるはずなのになぜそんなことをするのか。職人気質とはそんな真っ当な
理屈など受け入れないものなのかもしれない。同業者たちの間に戦慄が走ったのが20
10年ごろだ。オレは地元のみならず都内や埼玉などに遠征して仕事をすることも多いのだが、とある現場でかちあった男から妙な話を聞いた。
「こないだヤラれたんだよ。まさかオレがスラれるなんてな…」
この男も当然スリなのだが、その日のアガリ(抜いた現金)をそっくりそのまま入れた財布をスられたという。
「夜だよ。電車で仕事してるときに後ろポケットから(財布を)抜かれた感触があっ
てさ。で、やっぱりないんだ」
そのころから現在まで、全国的に『スリ狙いのスリ』が頻発している。犯人は誰なのか。教えてくれたのは中国人スリ師だった。
「あれは同胞だよ。仲間じゃないけどね」
そう、日本各地に存在する中国人窃盗団の仕業なのである。ヤツらは強盗やひったくりでは飽きたらず、近年はスリにまで手を出しているのだ。このように、特に最近は外国人(中韓、タイなどのアジア系)同業者が非常に多くなっている。彼らは基本的に三人一組で行動し、主に一人が道を聞いたりして注意をそらし、もう一人が財布を盗り、もう一人に財布を放り投げて渡す手法を用いている。逆にここ最近、日本人スリの姿がぐんと減った。オレみたいに長年仕事を続けてきたヤツらが高齢化してきたことと、若手でこの仕事をやろうという人間が現れないことが要因だ。不景気により飲み屋街で潰れてる人間が減ったことも関係しているだろう。高齢スリにとってぶつかりはリスクが大きい。だから彼らの一番の稼ぎは介抱ドロなのに、そのターゲットが減ってしまってるせいでシゴトにならないのだ。ぶつかりや満員電車など昔ながらの手法があるなか、いちおうスリにも時期によってトレンドが存在する。現在もっとも〝熱い〞とされているのが、ホモ映画館 外国人観光客の二つだ。それぞれ説明していこう。まずはホモ映画館。ホモや女装者が集まりフェラだのセックスだのを繰り広げている成人映画館が全国各地にあるものだ。さながら悪夢のような光景が広がるそこに我々が目をつけたのは、その暗さとボディタッチの容易さからだ。多くの映画館では、通路にホモ男たちが立って相手を物色している。そこで気に入ったヤツがいたら声をかけ、ズボンを下げてしゃぶったりなんだりと始まるシステムだ。オレたちスリは、その通路に立つ男たちに近づく。無言で目の前にひざまづき、ズボンの上からチンポをなでなで。そのままベルトを外してズボンを下げる。まるでフェラを始めるかのように。財布を抜くのはそのときだ。通路は暗く、相手の顔も見えづらい状況なので、下ろしたズボンをガサゴソやったところでバレようがない。もちろんフェラはせず、ひたすらパンツの上からチンポをさすって安心せ、まるで「ちょっと気が変わった」みたいなフリでそのまま去っていくだけ。簡単なものだ。
 オレの場合、映画館に滞在するのは1回に30分ほどと決めていた。その間に最低でも10個の財布を盗り、一度の出陣で8〜10万程度の荒稼ぎになったこともある。これを全国行脚で行ってるグループもあるぐらいだ。中には自分自身もホモで、本当にしゃぶったりホモセックスを楽しみつつスリを働くおかしなヤツまで存在する。次に外国人観光客。3、4年ほど前から繁華街でよく見かける中国人集団のような連中がいいカモにされている。手口は単純だ。二人組で近づいて「日本のおもしろい場所を教えてやる」とかなんとか言って注意を引き、もう一人がカバンなどから財布を抜いて逃げるだけ。
 とにかく金額が大きいのが特徴で、平気で20〜30万入ってることもあり、スリの間
ではこれを「宝くじ」と呼んでいる。外国紙幣は自宅で保存し、半年から1年ほど経ってから両替に行くのが基本だ(札から犯行が割れることはほとんどないだろうけど念のため)。外人観光客の数は東京オリンピックが近づくにつれてさらに増えることだろう。いまかいまかと待ちわびている同業者は多い。その他にもワールドカップ日本代表戦などのスポーツイベント日はスリの稼ぎどきだ。抱きつくサポーター連中から次々サイフを抜き、一晩で40万もの大金を稼いだこともある。