会話のタネ!雑学トリビア

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女性店主のバイト教育に逆説教

埼玉県加須市の定食屋だ。この「M屋」、昼間の混雑した時間には女性店主のイライラがマックスに達するらしく、バイトの兄ちゃんを大声で怒鳴る光景がたびたび見られるのだそうだ。けしからん。
 日曜、最寄り駅から徒歩、高校そばにある店に足を運ぶ。時刻はお昼少し前。まもなく怒鳴りのピークタイムがやってくることだろう。
カランコロンカラン。
「いらっしゃーい! 開いてる席座っちゃってぇ!」
女子プロレスラー長与千種に似たおばちゃん店員だ。この人が怒鳴り店主だろうか。
 …あっけなく答えは出た。長与がバイト兄ちゃんにいきなり大きな声を張り上げたのだ。
「おいこら、ちゃんといらっしゃいませって言え! しっかりしろよ!」
えええええ。なんだそりゃ。しかもすげえ笑顔じゃん。笑顔で怒鳴り散らしてるじゃん。バイト君の表情は恐怖に満ちあふれている。店内にはパラパラ客がいるけど、にぎやかな様子はなくどこか空気が張りつめている。
 これ、よくある『チャキチャキ系女将』というか、おばちゃんの威勢が店の売りに
なってるような感じではない。明らかに雰囲気が悪いし。
マーボ豆腐定食を注文して調理場の観察を開始した。待つ間、次々と客が入ってくる。家族連れや夫婦、現場仕事系の兄ちゃんなどなど、一定の評価を得ている店ではありそうだ。だが、やはり店の雰囲気はオカシイ。普通なら聞こえてくるはずの雑然とした客の声がほとんどないのだ。店主の怒鳴りに萎縮しているのだろうか。混雑してきたこともあり、店主とバイト君がホールを歩き回っている。二発目の怒鳴りはほどなくして訪れた。
「こら、早く皿下げろって! お客さん待ってるよ! はやく、はやく!!」
「はい、すいません!」
かーっ、ウザい。だがこの叱り方とは対称的に、お客さんに対しては気持ちのいい
接客だ。
「はい、焼肉定食ね、大盛りにしときますよ。お水もってきましょうか? はい、たくさん飲んでください!お水はタダだから。アハハハ」
 間もなく長与さんがマーボ定食を持って近づいてきた。
「お待たせしましたぁ。お兄さん、うちは初めてでしょお?」
「ええ」
「年中無休でやってるからねえ、またいつでも来てくださいね」
 うん、やっぱりカンジはいい。なんだか調子が狂うなぁ。
ここのメシもめちゃくちゃウマかった。この麻婆豆腐は街の中華屋が出すレベルじゃないぞ。が、舌鼓を打つオレに横やりが入った。厨房の中から長与の怒声が聞こえてくるのだ。
「ねえ、いい加減に覚えてくれない? 猿でももうちょっと理解すると思うんだけど
なぁ。ゴハンはこの量でいいんだから!」
バイト君が何かしでかしたようだ。にしてもヒドい言い様だよ。あの彼、よく耐えられるなぁ。直後、注文をとりにバイト君がテーブル席に向かう。戻ってきた彼に対して店主が再び、いっそう大きな声を出した。「もっと早く歩け!急いで注文とらなきゃダメ!しっかりしなさい!」
 店内にその声が響き、子供客までもが訝しげな顔になっている。よし、突撃だ。
 ホールに出てきた長与を呼び止める。
「あの、店長さんですか?」
「ワタシ? まあ、そうかな。お父さんと共同店長みたいな感じですよ」
「そうですか。いやね、客の前であんなに叱るのはどうかと思うんですけど」
 長与は笑顔を崩さずに応答する。
「ええー、そんなウルサかったですか?」
「うるさいどころじゃないですよ。食事がマズくなるんで、ここで怒鳴ったりするの
止めて欲しいんですよ」
「あら、そうですか。アハハ」
そう答えて奥に引っ込んでいく。わかってくれたのだろうか。長与さんはへこたれる女じゃなかった。すぐに調理場で声が聞こえてくる。
「ちょっと、アンタのせいでアタシが怒られたじゃない!接客を教えてるんだから、アンタがもっとちゃんとしないとワタシはずっと怒らなきゃなんないじゃない!しっかりしなさいよ!」
 あー、なんなんだよ。全然わかってないじゃん。調理場に乗り込んでやろうと腰を浮かせたところで、彼女の方から席に近づいてきた。
「ちゃんと言っておきましたから」
「いやいやいや、違いますよ。僕はカレを責めてるんじゃなくて、店長さんに言って
るんです」
「あら」
「客の前で怒鳴る必要あります?」
「うーん」
「お客さんのこと考えてくださいよ。ゴハン食べにきてるのに怒鳴り声なんか聞きた
い人はいないでしょ?」
「うーん、でもワタシね、お客様のことを考えてあの子に怒ってるんですよ?」
「そうかもしれないけど、過剰ですよ。こっちからしたらただただ気分が悪いです」
「うーん。そんなこと初めて言われましたよ」
 客の注文が入り、店主は離れていった。なんだかこの人も折れる気がなさそうだ。
おっ、ちょうどバイト君が近づいてきたぞ。
「キミ、この店で働いてどれくらいなの?」
「はい、2カ月ぐらいです」
 けっこう長いな。あの叱られ方からして入店1週間ぐらいだと思ったのに。
「けっこう怒られてるけどツラくない?」
「まあ、はい」
「お客さんからなんか言われたりしないの?裏でやれとか」
「いやあ、自分はわからないです」
 そそくさと去って行く。それと交代する形で店主がやってきた。
「で、なんでしたっけ?」
「とにかく今後はああいうのを客に見せないようにしてくださいよ。さっき『また来
て』とか言ってましたけど、こんなんじゃ来たくないですもん」
「…はあ」
「約束してもらえますか?」
「いやあ、ワタシは接客を教えてるんでね」
「だから、怒鳴るなら客に聞こえないとこでやってくださいよ」
「うーん」
 またもや注文が入り、去ってしまった。
 帰り際、再び店主に声をかけてみた。もうああいうのを止めてと詰め寄ったものの、
「うーん」とか「ふーん」と言うばかり。しかし、あきれて店を出ようとするところ
で、満面の笑みで「ありがとうございましたー!」
 悪い人じゃないんだろうけどね…。