会話のタネ!雑学トリビア

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100本のろうそくと怖い話、百物語を実践してみた

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百物語の参加者、オレ+友人の5人は、本日の舞台へと向かった。都内の古い洋館だ。
明治時代の財閥関係者が資金難のために手放した、築75年以上の物件だという。部屋に入るなり、女子2人、ナオと聡子はキャッキャとはしゃいでいる。
「雰囲気めっちゃ怖くない?」
「マジでなんか出そうだし」 
とは言いつつも、二人の顔は半笑いだ。キャンプの肝試しのようなノリか。一方、男子の山下と重田は、ハナからこの企画を馬鹿にしたような態度で、足を組んでイスに座っている。では準備にとりかかる前に、百物語の手順を確認しておこう。
一.100本のろうそくを灯し、参加者はそれを囲んで着席
二.怪談をひとつ話すごとに、話した本人がろうそくを1本抜き
三.鏡のある隣室に向かう
四.ろうそくを吹き消す
五.鏡に映る自分の顔を確認してから部屋に戻る

三から五のあいだに、必ず一人きりになる時間が出てくるところがミソだ。これ、結構怖いんじゃないか?メイン会場となる部屋の真ん中にテーブルを運び、お手製スタンドに1本1本ろうそくをさしこんでいく。すべてに火をつけ、部屋の灯りを落とすと、全員の顔がろうそくのオレンジ光に照らされた。大きめのバースデーケーキのようなものか。空気が変わった気がした。暗闇に炎だけが浮かび上がる光景は、人を興奮させるのかもしれない。
では始めよう。まずはオレからだ。
「これは友だちから聞いた話なんだけど…」
「そいつが高校生のとき、通学路に公園があったんだ。だいたい教室3つ分くらいの、小さいのが」
4人は小さくうなずきながら耳を傾けている。ろうそくの火が不規則に揺れる。
「ある日、その公園の前を通りかか
ったらさ…」
声を落としてみんなの顔をうかがう。少なくとも女子2人は集中してくれているようだ。オレは稲川淳二ばりの低いトーンで話を続けた。
「(中略)それからというもの、その白い顔の女の子が公園に現れることはなかったんだってさ」
少しの間があき、みんながこちらを向いた。
「ふーん」
「なんか気持ち悪いね」「まあまあってとこかな」
「建部くん、顔が怖いから余計にビビるって」
やはり、男子は醒めていて、女子の反応はいい。怪談とはそういうものだ。では、ろうそくを1本抜き取って、隣の部屋へ行ってきます。
「じゃあ」
「いってらっしゃーい」
立ちあがって隣の鏡部屋へ向かう。後ろから山下の怪談話が聞こえる。ひとりが席を立っても、残った人間で怪談を進行するのが百物語のルールだ。ドアを開け、また後ろ手にドアを閉める。ろうそく1本だけの灯りでは、前などほとんど見えない。足元を照らしながら鏡台へ近づく。こういうときの「鏡」というアイテムはなかなか恐ろしい。ヘンなものが映りそうな気がしてしまうのだ。が、そこに映るのは見慣れた顔だった。心なしか頬が紅潮しているのは、ろうそくの熱のせいだろう。火を吹き消して、再び自分の顔を見る。…暗くてほとんど見えないじゃん。
やや足早にメイン部屋に戻ると、山下が大きな声をだしていた。
「その女は、いなくなってたんだってさー!!」残り3人の反応はイマイチだ。山下は気まずそうにろうそくを抜き、立ち上がる。こうしてオレたちの百物語は幕を開けた。自然と、話す順番は時計回りになっていた。山下に続き、「髪の毛の霊」みたいな怪談を披露したナオが、鏡部屋に行き、戻ってくる。
「ただ暗いだけじゃん」続いて重田。
「途中でロウソク消えちゃったよ」
そして5人目の聡美。
「隣、なんか怖いね。こっちのほうがいいや」
 一周りして、みんなも気づき始めていたと思う。この百物語、怪談そのものはたいして怖くなくても、鏡部屋に一人で入ったときはゾクゾクした恐怖感が襲ってくることに。 二周り、三周りと進むうちに、それぞれの性格があらわれてきた。わざとなのか、へっちゃらな態度で戻ってくる男子に対し、女子2人は「もうヤだ」と泣きそうな顔で帰ってくる。そしてオレも女子側の気分だ。鏡の向こうに見える、ろうそくに照らされた自分の顔は、なんだか気味が悪いのだ。
四周り目、そろそろ知ってる話もなくなってきた。ここからは持参した怪談本を回し読みして、朗読するとしよう。
「個人タクシーの運転手をしているOさんの話です…」
話の途中で、聡美が鏡部屋から戻ってきた。
「なんかヘンな音がした!」
「え!?」
「ちょっとだけガサガサって聞こえたんだけど」
過敏な女だ。強風の音だよ。そもそも百物語は、すべてが終わった後に何かが起きるのだ。途中でジャマは入らないって。
ろうそくが一本ずつ減っていくごとに、部屋が徐々に暗くなっていった。なるほどなと思う。こうやって恐怖心を高めるシステムなんだな。うまく考えてあるわ。しかし、部屋が暗くなるにつれ、逆に空気はダレていった。どの怪談も似たり寄ったりで、いちいち集中して聞いてられないのだ。オレの稲川淳二トーンも飽きられてるし。話す順番も適当になり、さっさと終わらせたがる山下が、怪談本を朗読しては鏡部屋に向かう作業を一人で連続してこなしている。恐怖心もくそもあったもんじゃない。
そんな弛緩した空気をさえぎったのはナオだった。
「つぎ、私が話していい?」
「どうぞ」
「私が体験した話なんだけど…」
声のトーンが低い。偉いぞ、ナオ。そうこなくっちゃ。
「家のすぐ近所でね、事故があったの。自転車がトラックに巻きこまれて、人が死んだの。60才くらいのおじいさんかな」
ナオは中央のろうそくをじっと見つめながら、唇だけをせわしなく動かした。
怖がらせる演技としては抜群に上手い。でもこれが演技じゃないとすれば…。一種のトランス状態のようなものかもと思いながら、オレはナオの顔を眺めつづけた。やはり視線はずっとろうそくに一点集中だ。他の3人も、これまでとの雰囲気の違いを察し、無言で耳を澄ましている。怪談自体はさほど驚くものではなかった。事故以来、そのおじいさんが交差点付近で手招きしてくる。自分も見たことがあるけど、怖くて逃げた。その交差点では同じような事故が多発している、といった内容だ。
「ナオ、鏡のとこ行かなきゃ」
「あ、そうだ」
聡美がうながすまでナオは動こうとしなかった。
「ちょっとイッちゃってない?」
「目が動いてなかったもんな」
ナオが隣に行ってる間、男たちは苦笑しあった。笑わないのは聡美だけだ。
「もう、やめない?」
「ダメだよ。後10本ぐらいだからやっちゃおうよ」
「そうだよ、面白くなってきたじゃん」
ナオが戻ってきた。聡美が心配する。
「大丈夫?」
「うん。なんで?」
受け答えはマトモだ。心配しなくていいって。眠くなっただけだよ。だってもう深夜2時だし。さあ、さっさと終わらせようぜ。この後は、男子連中が炎を見つめながら語るナオのスタイルを真似して順番を回し、互いに失笑を買った。聡美とナオはずっと聞き役だ。そして、ろうそくは残り一本。やはりラストは発案者のオレが締めよう。
「これはオレの先輩に起こった話。その人は暴走族でさ、毎週のように単車で走り回ってたんだって」
適当な作り話だ。
「あるとき事故に遭ったから見舞いに行ったら、先輩が言うわけよ。ミラーに変なものが映って『振り向くな、絶対に』って言うから、怖くなってスピードあげて事故ったって」最後なのに反応は薄かった。百物語の本来の注目点はここからである。不真面目ではあったけれど、ともかく百本の怪談は語り終えた。
さあ、霊とやら、やってきなさい!
「なんにも感じないよな」「もっとじっくり観察しようぜ」
「なんも見えないって」
シラける男子陣。聡美とナオはおとなしい。来たときのはしゃぎっぷりが嘘のようだ。でもこんなことで、何かが乗り移ったなんて解釈するのは大間違いだ。疲労と軽い恐怖で元気をなくしただけ。それが合理的解釈だ。オレの提案で、とりあえず20分だけこのままテーブルに座り、怪現象を待つことにした。
「マジでなんか起きたらおもしれーけど」
「なわけないじゃん」
タバコやケータイで時間をつぶすオレたちに向かい、聡美が口を開いた。
「ていうかさぁ」
「ん?」
「あの鏡、最初は真っ暗で顔見えなかったけど、最後のほう、目が慣れてきてだんだん見えてくるの怖くなかった?」 
なに言ってんだ。むしろオレは後半のほうが見えにくかったよ。なあ、みんな。
「そんなに変わんなかったよ」「ま、人によるんじゃね?」
ナオだけは聡美に同意してうなずいている。こいつら、神経過敏なんだよ。だから女ってやつは面倒くさいんだ。
百物語はなにごともなく終了した。帰りの道路で5人を乗せた車がパンクするというハプニングはあったが、もちろんこんなものを霊うんぬんと結びつけるほどオレも単純ではない。