会話のタネ!雑学トリビア

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解体屋の業務内容が激務すぎる

あまり詳しくない方が大半だろうから、ここで解体屋の業務内容についてざっと説明しておこう。
基本的には建物をぶっ壊す仕事だが、ビルをまるまる1棟つぶすこともあれば、改修工事や耐震工事にともない一部だけを解体することもある。窓枠の設置工事や配電工事を行うために、建築中の建物の壁に穴を開けたりするのも仕事のひとつだ。とにかくあらゆる破壊活動に従事するスペシャリスト、と思ってもらえれば間違いはない。働きはじめてまもなく、面接時に社長の言った「あまりラクな仕事じゃない」との言葉がかなり控えめな表現だったと気づいた。ハンパなくキツいのだ。
たとえば、見習いがよくやらされるガラ運び。20、30キロはゆうにある廃材袋を、ビル上階から地上のトラックへ延々と運び続けるのだが、大半は階段での移動なので、自力で担がなければならない。それも500個近い袋をたった1人で、だ。身がちぎれるような筋肉痛に襲われるのは、言うまでもない。そこにきて二人工が加わればもはや地獄である。
最初の説明では「しょちゅうあるもんじゃない」はずだったのに、フタを開けてみれば3日、4日続くなんてのはザラだった。当然、その間の合計睡眠は4、5時間しかなく、作業中は猛烈な睡魔に襲われる。解体工がよく不注意で事故を起こす理由のひとつは、まさにこの寝不足と過労にあるのだ。
キツいのは肉体的な負担だけではない。数々の職業病に悩まされるのもまた、この仕事のダークな特徴だ。
粉塵による塵肺(肺や心臓の機能が低下する病気)、騒音による難聴、あるいは振動の強い工具を使うため白蝋病(手の毛細血管が壊れることで痺れ、麻痺、痛みを引き起こす)にかかる者も後を絶たない。いま現在、おれの右手の握力が極端に低下してしまったのも、白蝋病の症状である。 
むろん、作業中は防塵マスクや耳栓の着用が義務づけられたり、振動工具の使用時間も制限されてはいる。が、実際はジャマくさくて、ほとんど守られてないのが実情なのだ。しかし、何よりおれがビビッたのは、仕事そのもののキケン度だ。それを痛感したのは、1年後、とある老朽ビルの解体工事に出入りしていたときのことだ。その日、現場にはおれたちとは別会社の解体工も数人参加していたのだが、昼過ぎ、連中の1人が慌てたように地下1階部分から這い上がってきた。ん、どうしたんだ?

「シャレになんねえよ。ガスの元栓が開いてたんだよ」
「ウソ、マジで!?」
驚くのも無理はない。通常、ガス栓は工事が始まる前に必ず専門業者によって閉められることになっている。が、この現場では何らかの手違いで栓が開きっぱなしになっていた。男の話では、破損したガス管からガスが漏れ出したとのことだった。
「お〜い、全員ただちにここから離れろ!」
報告を受けた現場監督が避難命令を出してから、わずか数秒のことだったと思う。
ドンッ! 地下で凄まじい爆発音が轟き、爆風で付近にあったありとあらゆるモノが吹き飛ばされた。おれも例外ではない。爆発の瞬間、消しゴムかすのように地面をゴロゴロと転げ回り、肩や背中には無数のガラス片らしきものが突き刺さっていた。ソク病院送りになったのは言うまでもない。 
ただその程度で済んだのは、むしろラッキーだった。地下に残っていた2人の解体工は即死だったのだから。両者の死体は見るも無惨な状態だったという。ちなみに後日聞いたところによれば、爆発は現場から100メートル離れた民家の窓ガラスが割れるほど凄まじいものだったらしい。 恐ろしい話ではある。しかし、この業界を見渡せば、解体工の死亡事故は掃いて捨てるほどある。その多くはコンクリ壁の倒壊や高所からの転落によるものだ。解体工事中の死亡事故発生率は、建設工事のときの4倍という統計がある。同じ建設関係の現場にもかかわらず、両者にこれだけの差が出るのは、解体工の労働環境の過酷さを示す証明でもあるのだ。 
辛くてキケンがいっぱいな解体屋というお仕事。では、その仕事に携わる者とは、いったいどのような連中なのか。身内に対する悪口のようで心苦しいが、正直、自分も含めてダメ人間の集団と言わざるを得ない。それも、かなりタチの悪い部類の。 
まずわかりやすいところで言えば、クスリ関係だろう。解体工にはなぜかシャブ中がやたらと多い。これまでいろんな現場で他社の解体工を何人も見てきたおれの実感では、全体の3割は現役ではないか。挙動がおかしすぎる。トイレにこもったまま出てこない。そんなことが数え切れないほどあるのだ。普通、覚せい剤なんてものは人様に隠れてコソコソやるものだ。しかし、周囲にこれだけたくさんの「同志」がいるとつい安心してしまうのだろう。休憩中、注射器の入ったペンケースを同僚に見せびらかし、
「じゃーん。今日おれ、〝弁当〞を持ってきたんだ」
「おお、おれもなんだよ。交代で便所に行こうぜ」  こんな会話がフツーに聞こえてきたりする。一般の職場じゃまずあり得ない環境だ。そんな光景を目の当たりにしていれば、未経験者が興味を覚えるのは当然。おれがクスリに手を出すようになったのも、やはり解体屋に入ったことがキッカケである。シャブを常習する理由は、疲労の解消、やる気の向上、単に気持ちいいからと人によって様々だ。それは別に構わない。こっちだって同じシャブ中、彼らにとやかく文句を言う資格はないし、そうしようとも思わない。 ただし、トラブルに巻き込まれるのだけはカンベンだ。解体工になって5、6年目のことだったろうか。とあるビルで内壁をはつって(削って)いると、後輩の作業員がふらふらとやってきて意味不明なことばを発した。
「えーと、3つ前。じゃなくて3つあとか」
「は?何言ってんのオマエ」「やっぱり3つ前。3つあと」
不審に思って顔をのぞき込めば、完全に瞳孔が開いている。どうやらネタの食い過ぎでおかしくなってるようだ。
「オマエ、ずっと寝てないんだろ。ヤベーから車で休んでろよ」
しかし後輩はおれを無視するように、すぐ側でブレイカー(先端にノミのついた掘削機)を掴んで何やら作業をはじめた。危ねえなあと、やつから距離を置こうとしたその矢先、
「うっ!」
右足に熱くて痛い不快な感覚が走った。後輩のブレイカーが鉄板にぶち当たってはね返り、その反動でおれの足を突き刺したのだ。安全靴の甲の部分には直径3センチほどの穴が開いており、傷は足の裏まで達していた。後日、後輩からはたんまりと見舞金をふんだくってやったが、今でも冬になると古傷はズキズキと痛む。笑えない話である。イケイケといえば、ケンカにまつわるエピソードも事欠かない。 
むかしから建設業界というところは、総じて荒くれ者ばかりだが、こと凶暴性にかけては解体工にかなうものはないのだ。とにかくみなケンカっぱやく、現場で殴り合いを始めることなど日常茶飯。刃物を振り回すバカもいれば、バールで相手の手足を粉砕するキ○ガイもいる。一度キレたが最後、見境がなくなるのだ。
試しに「解体工」「逮捕」といったキーワードでネットを検索してみるといい。殺人、
強盗、レイプ、児童虐待、詐欺、窃盗。この世のありとあらゆる犯罪がズラリと並ぶハズだ。実際におれも、身の毛もよだつ事件を目撃している。 
当時、会社の同僚に泉川という中年男がいたのだが、ある日、出入りしていた現場で、ヤツと他社の解体工との間でひと悶着が起きた。狭い通路で道を譲った譲らなかったという実にくだらない理由で。よくあることだ。しかし、つまらんケンカで作業を遅らせるわけにはいかない。激昂する泉川をおれは必死になってなだめた。
「放っておきましょうよ、あんなやつ」
「うるせー。あのガキ、人をナメやがって。絶対に殺す」
「いいじゃないですか」
「いや、絶対ゆるさん」 
そのときはそれでどうにか収まったものの、泉川の怒りは鎮まってはいなかったらしい。数時間後。ションベンを済ませて4階の持ち場に戻ると、泉川が吹き抜けのふちの部分で四つんばいになって1階フロアを見下ろしていた。右手には長さ1メートルほどのタンカン(直径10センチほどの太い鉄パプ)が握られている。妙な胸騒ぎがした。
ふと下を見れば、先ほど揉めた相手が1階で作業している。まさか…。
声をかける間もなく、泉川がタンカンを投げ下ろした。間もなく、階下からガコーンという音が響き、続いて男たちの叫びが。
「ちょ、おい大丈夫か!」「バカ、無理に動かすな。はやく救急車を呼べ!」
案の定、タンカンは男に直撃し、現場はちょっとした騒ぎとなった。
幸い、肩を骨折しただけで命に別状はなかったが、しかし、それはあくまでも結果論だ。泉川が本気で相手を殺そうとしたことに変わりはないのだから。工事現場において、上からモノが落ちてくることは珍しくない。ただこの場合は状況が状況だっただけに、疑いの目はまっさきに泉川に向けられた。
しかし、タンカンがどのフロアから落ちてきたか証明できないこと(おれはもちろんダンマリを決めこんだ)、泉川が知らぬ存ぜぬを通したことで結局、犯人さがしはウヤムヤに。警察沙汰は回避された。
首を傾げる人もいるかもしれない。なぜ、解体屋にはアブナイ人ばかりいるのかと。ひとつは仕事の属性が挙げられる。とび工、内装工、大工など数ある職種のなかで、解体工は唯一、破壊を専門とする。このある種の暴力性が荒くれ者を引きつけるようなのだ。あるいは日々、破壊行為をくり返すことが人間の気性をバイオレンスにさせるのかもしれない。
刑務所が出所間近の人間に仕事の斡旋を行っているのも理由のひとつだろう(厳密には刑務所に出入りする民間業者が行っている)。臭い、キツイ、汚い、さらに怖いまで揃った4K職の解体屋はどこも慢性的な人手不足で、ムショに求人募集をかけているケースが結構あるのだ。したがって解体屋のなかには、社長を含むすべての従業員が元受刑者という会社だって存在する。ちなみに前述の泉川も、もともとは散弾銃で人を撃ち殺した元殺人犯である。