会話のタネ!雑学トリビア

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自然災害の多発ぶりをあらわすために名付けた悪地名を歩いてみる

数年前に広島県広島市で大規模な土砂災害が発生し、多くの方が被害に遭われた。豪雨によって引き起こされたその惨劇は連日ニュースで取りあげられ、自然災害の脅威をまじまじと思い知らされたものだ。そのさなか、ワイドショーで気になる報道があった。土砂災害でもっとも大きなダメージを被った広島市安佐南区・八木に住む男性が、インタビューでこんなことを言っていたのだ。
「(ここは昔)蛇落地悪谷、と呼ばれてたんだ。今は現代風の住所だけどね」
 蛇落地悪谷。なんでも「蛇が大量に滑り落ちてくる水害が多発していた悪しき谷」
を意味するのだとか。番組によればこの旧地名、さほどにもろい地盤を持つ場所であることを後代に知らしめようとして名付けられたそうだ。このように、先人が自然災害の多発ぶりをあらわすために名付けた、いわば『悪地名』は、全国各地に存在している。現在ではその大半が地名変更されているが、地形や地質に変化がないのならば、まだ自然現象の猛威は消えていないのではないか。
 まず最初に訪れた場所の旧地名は蛇崩だ。由来はその昔、この地でたびたび起こった川の氾濫にある。大雨のたびにあたりを流れていた川が氾濫し、川から溢れた水流が平地を侵食していく様が、あたかも大蛇が暴れ動いているように見えたことから名付けられたのだとか。現在はごく普通の住宅街で、町を東西に貫く遊歩道に向かう形で、いくつもの下り坂がつらなっている。大蛇のような川はどこにも存在しない。
 最寄り駅から歩くこと10分、交差点があらわれた。蛇崩交差点だ。仰々しい名前とは裏腹になんてことのない光景が広がっている。道路に面した弁当屋や銭湯はごく普通に営業しており、親子連れや子供たちも楽しそうだ。交差点から少し外れた場所に、遊歩道の入口と看板を発見した。
〝蛇崩川緑道〞どうやらこの歩道の真下(地下)に川が流れているらしい。この川こそ、かつて氾濫を繰り返した元凶のようだ。現在は下水となり、その上にフタをするような形で道が作られている。遊歩道の両脇には木々が生いしげり、隙間から陽光が差しこんでいる。実に気持ちいい散歩道だ。
 向かいからご婦人が近づいてきた。少し話を聞いてみよう。
「こんにちは。ちょっとこの町についてお伺いしたいのですが」
「はい、どうしました?」
「昔は川が氾濫して大変だったようなんですけど、いまはそういったことってないんですかね?」
「ああ、蛇崩川? 地下にありますからねぇ」
 ご婦人は過去の地名を知っているらしい。
「大雨のときでも別になにかあるわけじゃなさそうですね」
「そうねぇ。あ、でも『ゴー』ってすごい音がするときあるのよ」
「音?」
「それが怖くて。川に雨水が流れ込んでる音だとおもうんだけど」
 台風や梅雨の時期、付近を通ると唸るような音が響いているのだそうだ。それを中高生が心霊現象みたいに取り上げて怖がったりもしているらしい。先に進む。遊歩道の左右に一軒家やアパートが点在している。川が氾濫していた当時では考えられないことだろう。
 見上げればアパートの2階に男性の姿があった。
「すみません、ここら辺の住み心地を聞いて回っているのですが」
「え? うん」
「大雨のときなんかに大変だったと聞いたんですけど、実際どんなものなんでしょう?」
 男性は笑いながら答えてくれた。そんなの昔の話でいまは特に問題はない。このあたりは坂が多いから雨の日はすっころんでケガする人もいるけどねと。それもそうだ。でなければこんなに住宅街が発達するわけがない。遊歩道がいったん途切れたところ、コンクリート舗装されていない部分で、最初のご婦人の話を思いだして地下に耳を澄ましてみるも、おどろおどろしい音は聞こえてこなかった。しばらく同じような景色が続き、目の前に公園が見えてきた。ジャングルジムとブランコだけの狭いスペースに子供たちが大挙している。子供を遊ばせているママさん連中がいた。蛇崩の由来を説明したところ、一人が素っとん狂な声をあげた。
「知らなかった〜! そういう土地なんだぁ。あ、だからか!」
「だから?」
「川は関係ないかもしれないけど、道がボコボコしてる場所があるんですよ、台風のときとかそこらじゅうに水溜りができて、ウチの子がそれにハマって大変だったことがあって」
 同調するように他のママさんも声をあげる。同居してるお婆さんが大量に流れる雨水のせいで転んでケガをしたとか、水溜り
のせいで道路が封鎖されて子供が学校から帰ってこれなかった、などなど。
「水溜りポイント」はすぐ近くにあるそうなので行ってみよう。教えられた通学路は急勾配の坂道だ。しばらく雨が降っていないので水溜りは見えないが、たしかにくぼんでいる箇所が複数あり、大雨が降ったら子供やお年寄りには厳しい道であることが容易に想像できる。そこにクルマが入ってきた。坂の中腹にあるガレージに駐車しようとしている。
「すいません、ここらへんって雨の日の運転は大変だったりしますかね?」
 運転席の男性は間髪いれずに答えた。
「台風のときに家の前(坂)にクルマを停めてたら、ハンドブレーキしてたのにズルズル下がってったときがあって焦ったよ」
雨の量と坂の角度によって引き起こされたのだろう。クルマが押し流されるなんて。男性によれば坂の上から流れてくる雨は、足のすねほどの高さになることもあるそうだ。まもなくして旧蛇崩エリアをあらかた歩き終えた。現在では地下に潜った川が氾濫することはありえないが、大雨の日はそれなりの大変さがあるようだ。