会話のタネ!雑学トリビア

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素うどんを売りにしている小さなうどん屋で食べてみた

ここ数年、町中に讃岐うどん専門店が異様なペースで増えているように感じます。一時の東京チカラ飯を彷彿とさせる勢いで、安くて早くてスナック感覚で食べられるとあってか、若者もマックに行くノリで「丸亀なう」「楽釜あげぽよ」となっているようであります。
そんなうどんブームの最中、首都圏北西部に「素うどん」を売りにしている5席しかない今にも倒壊しそうな小さなうどん屋が存在するという有志からの怪奇情報が舞い込み、その真相を探るべく早速現地へと足を伸ばしました。 
某JR駅から徒歩10分、歓楽街の細い脇道に入ったところにその店は凛と佇んでいました。小さく古い一軒家で少し斜めになっているようにも見受けられ、店先にはゴミ袋やペットボトルが無数に放置してあり、夕方のワイドショーで大きなニュースのない日に取り上げられるゴミ屋敷のようでもありました。
看板には確かに「素うどん」とあり、わざわざ「素」を付ける必要があるのかと疑問に思いましたが、よく見ると後から付け足したように「ラーメン」「いそべ焼き」と手書きで記されています。さらに店先に洋服と鞄がハンガーで飾ってあり「500円」という値札まで付いていました。
恐る恐る開きっぱなしの扉の隙間から中を覗くと、確かに店は3畳ほどという驚異の狭さ。右カウンターに3席、左の座敷に2人だけ座れるスペースがあるのみです。えいままよ、と店内へ入ると厨房に女将と思わしき80前後の女性、カウンターには缶ウーロンハイを飲む50過ぎのオッサン、座敷にはこれまた80前後の婆が静かに鎮座していました。こちらの存在に気付いた女将が座敷の手前の席を指すので、婆と相席する形で着席。店内は外観同様にあらゆるところに値札付きの洋服と鞄が飾られており、どれも300〜500円という激安プライスで提供されていました。
店内の独特の雰囲気に動揺していると女将が「じゃあ何にしよう。今はビールが切れてて、氷結とウーロンハイかな。氷結はレモン味でキンキンに冷えてるよ」といきなりアルコールのラインナップを説明してきたので、とりあえずウーロンハイといそべ焼きを注文。それを受け取り、チビチビ飲んでいると「これはオマケ」と言って自家製の漬物の盛り合わせを出してくれました。
しばらくはラジオから流れる荒川強啓の声だけが店内に響いてましたが、カウンターでウーロンハイを飲んでたオッサンが「実はうちの田舎の母ちゃんがあと2、3日が山だって医者が言うんだよね」と、かなりヘビーなテーマをサラッといきなり話し始めました。座敷の婆は「すぐに行ってやりな」と涙ぐみ、女将も「お母ちゃんはいくつになってもやっぱりお母ちゃんだからね」とか言ってオッサンの肩を優しく撫でています。
オッサンも「親孝行どころか、苦労しかかけてねぇよ」と呟き、ウーロンハイを一気に飲み干し「もう一杯」。早く田舎のお母さんの元に駆けつけてあげた方が良いのでは…と思いましたが、一見の自分がここででしゃばるわけにはいかないと唇を噛み締めました。 しょうがないから「素うどん」を注文して出来上がりを待っていると、今度は入口から「持ってきたよ」と言いながらハンチング帽を被った初老の男が現れました。
男はビニール袋を女将に渡して「うどん、一玉」と告げ、女将は袋の中を覗き込むと「あら、こんなにたくさん」と目を丸くしてうどんを茹で始めました。
ビニール袋の中身がどうしても気になったので恐る恐る訊ねてみると「ペットボトルの蓋だよ。これを貯めると10円だか20円だかになるんだよ」とのこと。まさかそれを貯めてうどんを注文したのでは…?と訊ねたかったのですが、さすがにその質問はコンプライアンスに反すると感じ、思いとどまりました。 すると今度は婆が「ちょっとトイレ行ってくる」と行って店の外へ出掛けたので女将にトイレの場所を訊くとなんと「斜め向かいのファミマ」とのこと。しばらくして婆が戻ってくるとファミマの袋を手にぶら下げて、中からおもむろにキャラメルコーンを取り出して皿にザラザラと盛り付けました。持ち込みして大丈夫なのかと不安に思っていると「兄ちゃんもこれ食べてね。私は一口で良いからね」と言い、うどん屋に来てキャラメルコーンを大量に食べる羽目になりました。うどんが出てくる頃には完全に口の中はキャラメル味で独占されており、そこに素うどんを食してもやはり甘い棒としか感じず、チュロスを食べてる錯覚に陥りました。その後ハンチング帽のオッサンの「さっきパチンコでハイエナしてきたババアを一生許さない」という主旨のマシンガントークが止まらず、いたたまれなくなって静かに店をあとにしました。